ガエル記

散策

「三島由紀夫vs.司馬遼太郎---戦後精神と近代」山内由紀人

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引き続き三島由紀夫について読んでいます。今回は山内由紀人氏による司馬遼太郎三島由紀夫の対比論です。

山内氏が書いているとおり司馬と三島は重なることがないように思えます。私自身も三島作品「仮面の告白」「禁色」を読んで強い反発を感じそれ以上読まなかったのに対し、司馬作品は「燃えよ剣」を読んで強烈に惹きつけられ「坂の上の雲」「竜馬がゆく」「国盗り物語」「この国のかたち」「人斬り以蔵」「草原の記」などまだまだ多く読んできました。そのくらい私は司馬遼太郎作品が大好きで登場人物にも強く惹きつけられます。とはいえ司馬遼太郎その人をどんな人物だったのか、と調べようとは思わなかったのですが三島に関しては作品自体には共感できないのに本人にはいったいどんな考え方だったのかと思い続けてきました。

 

三島由紀夫は昭和の年代と同じ年齢であるそうです。といってもその半ばで自ら命を絶ったわけですから昭和そのもの、とは言いがたいですが、そのことこそ三島の思想であったようにも思えます。

一方司馬遼太郎はその二つだけ年上でつまり両氏は同じ時代を生きてきたわけですね。三島は裕福な身の上でその作品は芸術といえる美文による小説家であり、司馬は大衆文学といえるような時代小説から始まった史実をもとにした歴史小説家という呼び方になるでしょうか。

一見、両氏の文学は相反するように見えますが「理想とする男の生きざま」を描いたという点ではその目指す美学においても合致すると言えます。

ぼんやりものの私は全く気に留めていなかったのですが、それが陽明学という思想に基づいたものだということを今頃になって気づいたわけです。

革命的な男たちを描く司馬が陽明学を好むのは判るとしても三島が陽明学に惹かれたのはなぜなのか。支配者階級に属し聡明な知識を持っていた三島が自らの貧弱な肉体を絶え入るように恥じ、己を鍛え上げていったのは思想が肉体の行動を伴わなぬことに対して強い恥辱を感じたからだと思いますし、その考え方には共感します。

 

両氏は昭和39年に大家壮一との座談会で顔を合わせたそうです。大家壮一の質問にそれぞれが答える、という形だったゆえに互いが会話をすることはほとんどなかったわけですが。

その時司馬氏が「ちかごろになって、ようやく国家ってものはいらないもんだとわかってきた。ということは、戦後の政治はあまり国家のご厄介になっていないでしょう」と語り、三島氏はこれに沈黙した、と筆者は書いています。そのことが印象的であったと。

両氏の思想はすれ違うものではあるのですが、司馬氏の「人斬り以蔵」が原作として映画「人斬り」に三島が出演することになります。

監督である五社英雄のたっての要望に三島は大喜びで出演を受けたと書かれています。

司馬氏が描いた主役の岡田以蔵勝新太郎が演じ、三島は原作にはない薩摩の刺客・田中新兵衛で狂気といえる人斬り役をこれ以上ないほどの凄みで演じています。しかも切腹シーンの壮絶さに驚きますが、三島は自らの腹を本当に切ってしまうほどの真剣さであったといいます。

私は原作「人斬り以蔵」を読んで司馬氏は以蔵のような狂気の人斬りを嫌っている、と感じたのですが嫌ってはいるがそれを書かずにいられないほどの何かがあったのでしょう。

しかし三島はその司馬氏が嫌っている狂気に惚れ込んでいるのです。

 

そこに違いがあるのでしょう。