金子國義の装丁・装画がすばらしく内容と相まって世界を作り上げています。
「ピカルディの薔薇」は同タイトルの著書の七編からなる短編集の中の二話めですが、やはりどうしてもここで一度書き留めたくなってしまいました。
以下ネタバレ含みますのでご注意を。
昨日「津原氏の小説はどうして映画化されていないのか、不思議だ」とツイートしましたが、特にこの「ピカルディの薔薇」を読んでいるとその映像が浮かび上がってきます。映像作家であればその会話や場面を映像に作りたくはならないのか、と思ってしまう鮮明なイメージです。
星鑛司という青年が作る分身ともいうべき人形はどんな姿だろうと思い巡らせてしまいますが、やはりどうしても浮かんでくるのは四谷シモンの作った少年であるように感じてなりません。四谷シモンも少女の人形が多くありますのでよけいにそんな印象を感じてしまいました。
そして彼が猿渡氏に出した手紙の文章というのが微妙に奇妙で面白いのです。少し変な人の書く文章、なのです。
そして猿渡氏と編輯者の奈々村女史との会話は私にとって非常に心地よく読めてしまうものでした。
飛び降り自殺未遂で五感を無くしているという説明がありながら出されたお茶に「熱」と手を放す不思議さ。
どこまでが真実でどこからが虚偽なのか判らないままに読み進めてしまうしかありません。
そして壮絶な最期が訪れます。ここで解析が必要であるかはわかりませんが、これはどんなふうに考えればいいのでしょうか。
文字通り星自身がこの怖ろしい分身をやってのけたのか。
平井が彼の指示に従ったのか。
それとも平井がおこなったことなのか。
近々閉鎖されるサナトリウムの中の薔薇園とその脇にある人形作りの工房。精神が朽ちていく青年とそれを見守る小説家の男。
存在しないものであるはずの青薔薇が作られたようにこの小説もまた存在するのです。