天安門事件を描いた映画、というとその名がタイトルに使われている作品を含めていくつもあるのでしょうが、私がすぐに思いつくのはこの「藍宇」です。
2001年公開作品。スタンリー・クワン監督。出演した胡軍(フー・ジュン)リウ・イエの二人は知らなかったと思いますがスタンリー・クワン監督はレスリー・チャン主演の「ルージュ」を観ていたはずで期待は高まりました。
何故と言うに当時、今もかもしれませんが中国では考えられないほどの(といって日本でどこまであったのか、とも思いますが)男性同性愛の映画だったからです。
少し匂わせるとか時代ものであることで逃げるとかではなく現代を舞台にして売春ものではなく(始まりはそうですが)軍隊とか閉じられた学校とかではなく、ごく普通の状況で男同士の恋愛物語を映画にするということだけでも驚きましたがその出来栄えが素晴らしかったことに打たれたのです。
以下、ネタバレしますのでご注意を。
この映画作品を知った頃はちょうど自分が中国映画にはまり込んでいた時でした。レスリー・チャンから始まって香港映画を観まくり、やがて大陸方向へと進み、台湾ものにも勿論入っていきました。
そういった映画作品を観まくるには日本語化されているDVDだけでは物足りないので安価なのを頼りにDVDからVCDまで取り寄せていました。無論言語が判らないのでまったく中国語を勉強していないのに辞書をひきまくって翻訳していく、という物凄いことをしていました。
本作「藍宇」もその一つです。
なので今回観直すために部屋を探していたら中文字幕のDVDを二つも持っているのに、日本語訳のDVDは購入していないのに気づきました。それでも内容は頭に入っていますので大丈夫です。
中国映画を観始めて色々なことを勉強したと思います。中国語・広東語という言葉や歴史、日本とのつながり。
例えばこの「藍宇」ひとつでもその中に様々な事柄が組み込まれています。ハントンとランユが待ち合わせをしていたのが日本料理店だったり(つたない日本語で「いらっしゃいませ」と言うのが聞こえます)金持ちのハントンがランユに服を買い与えるので「日本人みたいだと言われるよ」(おしゃれにこだわるってことでしょう)というセリフがあったりランユがハントンの家を訪問した時に彼の弟がYMOの曲を聞いていたり、後にランユが働いているところが日本人経営者のところだったり、などから当時の中国での日本のイメージがしのばれるように思えます。良いことばっかりなのでちょっと面はゆいですが。
天安門事件に至ってはこの映画を観るまではまったく気にしてもいなかった、と言わなければなりません。
裕福な実業家で遊び手でもあるハントンは気まぐれで金で関係を持ったことから始まったの大学生ランユとの関係を壊してしまいます。
そして天安門事件の夜、騒然とした北京でハントンは危険を承知でランユを探し回ります。
騒乱の闇のなかで再会したふたりは堅く抱きあったのでした。
何故彼らが天安門事件の中で抱き合わなければならなかったのでしょうか。ランユが働いていたのが建築現場であったこと。最後にハントンがランユを偲びみるみる変わっていく北京を車で走ることなどが二人の状況を映像化していると思われます。
闇の中での銃の発砲音、集団で走っていく人々の間を逆走していくハントンの車。
誰にも言えないハントンとランユの関係をそうした映像で表現していく。
ふたりの愛は危険に満ちた闇の中だけにあるしかなかった時代でした。体裁を気にするハントンはランユを誰より欲しながらそれを守れずそして失ってしまう。時は流れ時代は変わりその愛はもう戻ってはこないのです。
「藍宇」はシンプルな作品で二人の男の愛だけを追っていくスタイルですが背景を見逃すわけにはいきません。
2001年のふたりは今ならどんな物語を作れるのでしょうか。