ガエル記

散策

アーキタイプとステージで『この世界の片隅に』を読む 2

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『新しい主人公の作り方ーアーキタイプとシンボルで生み出す脚本術」キム・ハドソン

のテキストを参考にしながら『この世界の片隅に』のすずを読み解いています。

昨日の続きです。

 

ステージ【5】秘密の世界

この「秘密の世界」はヴァージンが夢を追求するためのステージ、と在るのですが『この世界の片隅に』でのすずの「秘密の世界」とはなんでしょうか。

すずの夢、というと「絵を描く」ことのような気がしますが、すずは最初から絵を描くことをおおっぴらにしていて隠していないのですね。

ですからこのステージにはあてはまりません。

幼馴染でありすずの初恋の人、ともいえる水原くんも自分から北條家に堂々と現れていて「秘密の恋人」にはならなかったところがこの物語の大きなポイントのように思えます。普通はそういう存在は夫の知らないところで密会するものですが、それどころか夫・周作の導きですずと水原くんは一晩を過ごす羽目になってしまうわけです。これは「秘密の世界」になりません。

ではすずが持つ「秘密の世界」は。

それはどうやら夫・周作と肉体関係があったであろう売春宿の白木リンとの交流のように思えます。

ほどなくしてその秘密も周作に話してしまいますが。

では《この秘密》の世界がどうしてすずの夢の実現になるのでしょうか。

それはすずの夢が「絵を描くこと」というより(絵を描くことは夢ではなくいつもやっていた生活の一部だったということかもしれません)「大人の女性になる」ことなのではないでしょうか。

最期あたりですずは爆風で飛んできた障子の桟をつかみながらつぶやきます。

「うちは強うなりたい」「優しうなりたいよ」

そして爆撃機にむかって

「そんとな暴力に屈するもんかね」

と発します。

つまり夢に向かって進むためのステージ「秘密の世界」は「絵を描く」ではなく

「娼婦リンとの交流によって大人の世界を知る」ことではないのでしょうか。

 

ステージ【6】適応不能になる

 このステージでヴァージンは

①無謀な言動に走る

②混乱して悩む

③周囲から注目されてしまう

④難しすぎて無理だという

ここもすずはすべて行っていますね。

④任務で三か月家を離れるという周作から「この家を守れるか」と聞かれ最初「無理です」と答えます。

そのすぐ後に「ごめんなさい、うそです」といい「待っています」とすずは続けるのですが「無理です」というすずの言葉は本心でもあったと思います。いつものほほんとして運命を受け入れ続けてきたすずが見せた動揺でした。

大人になりたいと願いながら周作に守られていたい気持ちが口をつき、それでも「大丈夫」と言い直しています。

 

さらに他の項目が示す通りに物語を深く重くしていきます。

 

水原くんとの与えられた一晩を周作さんに「夫婦ってこげなもんですか」となじったりリンさんとの出会いで真面目な周作さんの過去の関係を知ったりしながらすずは少しずつ大人になっていきますが、戦況が悪化していくことですずの変化はより激しくなっていきます。

適応不能とはなんでしょうか。

これまでいつもにこにこ、というよりへらへらして生きてきたすずは戦争によって過酷な体験を繰り返して、笑っていられなくなります。

そしてついに耐えきれないほどの重大な事が起きてしまいます。

すずが義姉の娘はるみの手を引いて歩いている時に時限爆弾があることに気づくのが遅れ爆弾ははるみの命とすずの右手をもぎ取ってしまうのです。

 

このことでそれまで温和でぼーっとしていたすずはおかしくなったかのように失った右手を悔やむ言葉を繰り返します。

水原くんはすずに「すずだけはこの世界で普通でいてくれ」と願っていましたがすずはもう普通ではいられなくなってしまったのです。

 

 ステージ【7】輝きの発覚

リアリティと直面するステージ。秘密の世界と依存の世界が衝突し、恐れていた結果がります。

輝きの発覚が起きるのは、

①大きくなりすぎる

②状況が変化する

③依存の住人に気づかれる

④裏切られる

と言った時です。

ヴァージンの真の姿が世に見られてしまうのです。

 

と、書かれています。

はるみがすずといたのも義姉から信頼されてきた証でもあったのでしょうか。

ふつつか、と言われていたすずが夢である「大人になる」過程で過酷な試練を受けることになってしまいます。

義姉の娘はるみを自分の不注意で死なせてしまい、同時に絵を描く右手を失ってしまう。

ぼんやりと生きて来て何も考えずにこにこしていられたすずの正体がここで描かれます。

 

今日はここまでです。また続きます。