『新しい主人公の作り方ーアーキタイプとシンボルで生み出す脚本術」キム・ハドソン
のテキストを参考にしながら『この世界の片隅に』のすずを読み解いています。
昨日の続きいきます。
ステージ【11】光の選択
そしてヴァージンは自分を信じ、何があろうと夢に向かって進みます。光の選択はヴァージンの最終ステージ。喜びあふれるクライマックスです。自分を抑えて何事もなく生きるより、輝く生き方を選びます。
まさしくすずの選択を説明しているかのような文章ですね。
すずは自分の価値は「家事ができる嫁」だとずっと思ってきたわけです。ですから右手を失って家事ができなくなった自分は無価値なのだと思い、同時に義姉の娘を自分の判断ミスで死なせてしまったことを誹られたのも相まってすずは嫁の座から離れる決意をします。
その決意を翻させたのは周作ではなく義姉でした。
「こないだは悪かった。晴美が死んだんをあんたのせいにしたりして」と謝り自分は好きな人と結婚したが「周りの言いなりに知らん家にヨメに来て言いなりに働いてあんたの人生はさぞやつまらんじゃろ思うわ」と続けます。
「じゃけえ いつでも往にゃええ思うとった ここがイヤになったならね」
「すずさんがイヤにならん限り すずさんの居場所はここじゃ くだらん気がねなぞせんと 自分で決め」
これですずは光の選択をすることができました。
しかし『この世界の片隅に』という物語はここで同時にすずの故郷・広島に原爆が投下されるという悲劇を重ねます。
すずが大人になる決意を選択できたその瞬間に故郷が破壊される。
地味で静かな物語であるのになんという怖ろしい構成なのでしょうか。
すずはこの瞬間からもう後戻りはできない成長を促されてしまうのです。
ステージ【12】秩序の再構築(レスキュー)
こっそり夢を追いかけていたヴァージンは、自分の心に正直に生きるようになりました。影のアーキタイプ「娼婦」や被害者の性格はすっかり消えました。そして、ヴァージンは自分自身の生き方を受け入れて欲しいと王国に挑戦します。これが秩序の再構築です。
①ヴァージンの本当のよさが認められる
②ヴァージンとコミュニティとの絆が結びなおされる
自分自身の生き方を受け入れて欲しいと王国に挑戦します。
すずの覚悟のひとつが長い髪を切ってしまうことに現れています。
当時の女性は髪が長いのが当たり前だったのでしょうが髪を結うのは片手では難しくどうしても他の人に頼らざるを得ません。
その手間を省くためにすずは自分で髪を切ってしまいます。現代女性になるわけですね。そのことを義母も義姉もたしなめはせずむしろ励ましています。
広島の惨状を知った周囲の人々(奥さんたち)はすずを気遣い励まして家族の安否を確認する約束をしてくれます。すずが嫁ぎ先の社会に溶け込んでいるのを示しています。
そしてすずは爆風で飛んできてきにひっかかった障子の桟をつかみながらつぶやきます。
「あんたも広島から来たんかね うちは強うなりたい 優しうなりたいよ この町の人みたいに」
そして空に敵機が飛ぶのを見つけてつぶやくのです。
「ああ うるさいねえ」「そんとな暴力に屈するもんかね」
と。
いつもへらへら笑うしかできなかったすずは大きくなりました。
普通の物語であればここらで終わってもいいのですがこの物語はここからの話がかなりあります。
夫・周作にもすずは自分が残ることを話します。周作は竹刀を振りながら「アホ アホ 心配かけよってこのアホが」と言います。周作は体は大きいのですがどうやら強くはないらしく剣道大会でいびられることを気にしています。
ふたりが子供時代に出会った時も妖怪をやっつけたのは周作ではなくすずでした。
片手のすずがぶつける紙の塊を周作はどうしても当てきれない、というほどの弱さです。どうやらふたりの役割も次第に固まってきたようです。
そして天皇の玉音放送による終戦宣言があり、皆を苦しめた戦争がやっと終わりました。
しかしもう幼いはるみもすずの右手も戻ってはこないのです。
すずは立ち上がり「うちはこんなん納得出来ん!」と言い放ちます。
「この国から正義が飛び去ってゆく」
すずは心の中で叫んだのでしょう。
これまで私たちはぼんやりとしてにこにこと笑っているすずは何も考えていないと思い込んでいました。
でも彼女はいつも見ていたのです。
社会に何が存在するのかを。
初めてここで韓国の旗が翻っているのが見えます。
すずはつぶやきます。
「ああ 暴力で従えとったいう事か」「じゃけえ暴力に屈するいう事かね」
「それがこの国の正体かね」
「うちも知らんまま死にたかったなあ」
すずははいつくばって大粒の涙を流し続けるのでした。
そんなすずの頭を優しくなでたのは、失った自分の右手だったのでしょうか。
ステージ【13】輝く王国
ヴァージンは王国に挑戦し、混乱させました。王国はヴァージンを受け入れあるがままを受け入れるようになりました。混乱が収まった時、王国はこれでよかったのだと気づきます。もともと、変わるべきだったのです。その結果、
①何が悪かったかがわかり、排除される
②新しい生き方が王国にもたらされ、人々が夢に向かって歩みだす
③無条件の愛が王国の絆を強める
といったことが起こります。
これらもすずの物語そのものです。
すずは大きな声を上げて自分自身を見せてしまいました。すずが強い女性だということはもう家族が認めるところです。
戦争後も生活は厳しくむしろ状況は過酷になっていきます。
義父は解雇され台風で家は雨漏りが酷く納屋はつぶれてしまい届いたはがきはずぶぬれで読めません。
が北條家の人々は「ほんまに迷惑な神風じゃ」と言って笑い飛ばす強い結びつきがあるのです。
周作はすずに白木リンのいた売春宿がもう破壊されていることを教えます。リンという秘密はなくなってしまいましたがすずはそれもまた幸せなことだと噛みしめることができるのです。
戦後の生活は困窮しますが、すずはその中でも強く生きていく希望を見出していきます。
幼友達で好きだった水原くんの死も受け入れ、死なせてしまったはるみの死も受け入れきれるようになるのです。
「うちしか持っとらんそれの記憶がある」
「うちはその記憶の器としてこの世界に在り続けるしかないんですよね」
もう少し続きます。