ガエル記

散策

アーキタイプとステージで『この世界の片隅に』を読む 5

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『新しい主人公の作り方ーアーキタイプとシンボルで生み出す脚本術』キム・ハドソン
のテキストを参考にしながら『この世界の片隅に』のすずを読み解いていきました。

 

初めてこの本『新しい主人公の作り方』を読んでいるところです。アーキタイプの適合はよく判らないでいますが、ステージの進行は『この世界の片隅に』とぴったり合わさっていくので驚いてしまいました。

もちろん『この世界の片隅に』がヒロインの物語でありシンプルな成長物語なのでテキストと合わせ読むのにいいのでは、とは思ったのですがそれでもここまで適合するとは思いませんでした。やはり多くの人が感動する話はそういった構成がしっかりしているものなのだと改めて思います。

 

ここで終わってもいいのですが、『この世界の片隅に』のストーリーがもう少し続くので最後まで追ってみたいと思います。

 

物語の始まりの時のすずは周囲の人々からも自分自身も「ボーっとしている」と言われる少女でした。絵を描くのが上手いという特技はあるもののそれを職業にしたいというような野望もなく高校をでたばかりで親から言われるままに見知らぬ別の町の北條家に嫁ぐことになります。

実は夫になる周作とは幼い頃、一緒に妖怪(?)にさらわれたという思い出があるのですがそれ以外はまったくの見ず知らずで恋愛などないままの結婚でした。

時はちょうど太平洋戦争の真っただ中、戦況が悪化していくさなかのことでした。

食べ物にも困窮していく中で嫁いだすずは最初はとまどうものの持ち前のおっとりした性格もあって様々に工夫しながら嫁として生活していきます。

義父母はすずに優しく温和な人たちですが義姉はすずに厳しく当たります。が、性根は良い人だと判っていきます。

その義姉は娘を連れて出戻ってきた立場でした。すずはその娘はるみとも仲良くなりますが、すずが手を引いて歩いている時に敵がおとした時限爆弾に気づくのが遅れ、すずは自分の右手と義姉の娘はるみを失ってしまうのです。

利き手である右手を失うことは嫁の責任である家事ができないことであり、それは自分の居場所を失うことだとすずは考えました。

しかも義姉に娘はるみを死なせたことを責められすずは北條家を出ることを決意します。

周作はここですずに「あんたがいて幸せだった」と言いますが、すずはその言葉だけでは決意を変えられません。

義姉の謝罪と「ここはあんたの居場所だ」という言葉でやっと救われたすずは北條家で生活することを自分の意志で決めます。

 

死なせてしまったはるみのこともずっと覚えておくのが自分の生きる意味なのだとすずは認識するのでした。

 

ぼーっと生きていた少女すずが戦時の2年ほどでなんという成長をしたことでしょうか。

「強く優しくなりたい」と願うすずの願いはもうそれだけでも彼女の成長を感じさせます。

戦後も生活は厳しく食べ物はいつも足りません。そんな中でもすずはたくましく生きていく意思があります。

被曝した妹の話、どうやら元の家には見知らぬ子供たちが入り込んで住んでいたりする話が少しずつ語られます。

そんなこともすずは背負う気構えができています。

やっと周作の軍部の仕事が終わり広島から呉へ帰宅する途中、すずと周作は被曝で親を失った女の子と出会い、そのまま呉へ連れて帰ります。

しらみやのみがたかったまま眠り込む女の子を北條家の人々は温かく迎えるのです。特にいつも冷淡な義姉が「はるみの服じゃ小まいかねえ」という最後のセリフはこの物語で最も胸を打つものでした。

 

呉というすずが新しく住む町が「九つの嶺に守られとるから九嶺(くれ)というんじゃ」ということでした。

 

こうしてテキストに従って丹念に読む前はあまり好きではない、とも思っていましたがやはり素晴らしい作品なのだと思わせてもらいました。