ガエル記

散策

『窓ぎわのトットちゃん』黒柳徹子

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1981年に出版され大大ベストセラーになった本作ですので読んでいて当然と言っていいのですが当時18歳という年齢だったためか、もともとベストセラーとか「お勧めの良書」みたいなのを敬遠する性質だったのもあって今までちらりとも読んでいませんでした。

しかも本作、黒柳徹子氏が本書に登場する(というかその方の事を書いたと言って良い)小林宗作先生を演じきれる俳優はいない、という思いで長らく映画やドラマの許可を与えなかったとのことでそうした映像を観る事もなく来てしまったわけです。普通はここまでのベストセラーで子供にも読ませたい内容なら映像化されていて少しは目にしたりしたのでしょうけど、やっと一部的に映像化されたのが2017年のTVドラマ化だったということです。(それもまったく観てはいませんが)

 

そんなんで長い長い間、この本を手に取ることすらしなかった私が何を思ったのか(まったくわからないのですが)突然読み始めて、ほんの数ページで大笑いした後、涙をとめどなく流し始めてしまったのは恥ずかしいことでしょうか。

 

と言っても18歳時に読んでいたら同じように感じたかどうかはわかりません。

やや拗ね者ですのでベストセラー本なんぞに感動したくないのもありますし、それが心温まる人情話みたいなのであれば尚更です。

そうした時期を過ぎて平易な気持ちで読めたせいもあるし自分が年を取って涙もろくなってしまったせいもあるのでしょう。

とにかく読み始めてすぐに(少なくとも2ページ目から)大笑いしながら大泣きしてしまうというとんでもない感情の大波乱の読書になってしまいました。

 

とにかく驚いたのは文章が簡単で読みやすすぎてあっという間に読めてしまうのにも関わらず、というかそのせいなのか物語の景色がはっきりと思い浮かぶようですし、トットちゃんやそのほかの人物の心がはっきりと伝わってくるのですね。

こんな簡単で明瞭な文章で思いをしっかりと表現できるというのはいったいどういうことなのでしょうか。

この本を読む直前、ナボコフの『ロリータ』を読んでいたのですが、まさにその文体の真逆と言えます。こちらはあらゆる技巧を駆使した頭脳文章です。

 

主人公のトットちゃんは黒柳徹子さんご自身のことで、しかもとんでもないことをしでかす子供です、というのは聞いていましたがまさかここまでとは思っていませんでした。

特に戦時下の日本という時代に良家のお嬢さんであった彼女は幾重にも「良い女子」であることが求められたはずです。そんな状況でトットちゃんの行動ははっきり「普通じゃない」のですね。

入学した小学校では綺麗な女教師を困惑させます。授業中ずーっと机の蓋をばったんばったん開け閉めし、教室の窓からチンドン屋さんを呼んで演奏をしてもらう、というちょ、ちょっと日本女児の話としては想像の斜め上を行った顛末であっけにとられるというかこんなに本を読んで笑ったのは久しぶりでした。

実際当時の徹子さんが廊下に立たされているのを見た方の証言があるということでした。小学1年生で廊下に立たされる女子生徒、というのもなかなかです。

 

小学1年生で退学処分となったトットちゃんをお母さんは「トモエ学園」に通わせることにしたのでした。

 

このトモエ学園の校長先生が徹子さんが尊敬する小林宗作さんなのです。

黒柳徹子さんであるトットちゃんを迎えた小林先生とのやりとりを読んで泣かない大人がいるのか、と思ってしまうのですが、トンチンカンのようで優しい会話にもう心を揺さぶられてどうしようもありませんでした。

大人、と書いたのは子供よりも大人のほうがずっとこの会話がどんなに奇跡的なことか、と思うからです。おしゃべりが止まらないトットちゃんの話を4時間笑いながら聞いてくれた先生をトットちゃんが大好きになる、というくだりに打ちのめされない大人がいるでしょうか。

 

本作では幾つものエピソードが短く語られていく、という形式になっていますが、その中で一番というものが決められるでしょうか。どの話もとても笑えて泣けて感動するのですが、やっぱりいちばんたまらなく好きに思えたのは夏休み中の話「大冒険」です。

これはトットちゃんと小児麻痺の少年・泰明くんだけの秘密のお話なのです。トモエ学園には子供たちがそれぞれ「自分の木」を持っていてその上に登って休んだり他の子の木にお邪魔したりするのですが泰明くんは小児麻痺なので木に登れないのを残念に思ったトットちゃんがこの日絶対に泰明くんを自分の木に招待すると約束したのでした。

先生にも親にも内緒でふたりは学園に来てトットちゃんの木に登ろうとしますが泰明くんは登れません。

トットちゃんは自分でも思いもよらぬ力を出して脚立を運び、泰明くんは長い時間をかけててっぺんまで登りますが木に飛び移れません。

でもあきらめないトットちゃんは小さな手で泰明くんを全生命をかけて自分の木に引っ張ったのでした。

泰明くんもトットちゃんを信頼していました。

とうとう泰明くんを自分の木に迎えることができたトットちゃんはあせびっしょりになって「いらっしゃいませ」と言って泰明くんは「お邪魔します」と答えました。

ふたりはトットちゃんの木の上にすわっていろんな話をして「アメリカにはテレビというものがあるんだって」と泰明くんはお姉さんからきいたことをトットちゃんに教えてあげるのでした。

 

この情景が目に浮かびます。木の上に座った小さなトットちゃんと初めて木登りをした泰明くん、こんな幸せがあるのだろうかと思いました。

 

黒柳徹子さんの数々の活躍、ユニセフ親善大使としての様々なエピソードもテレビなどで見ていてすごい人だなあと思っていたのですが、この本を読んで徹子さんがどうしてそんな考えを持つのか、わかるような気がしました。

 

トモエ学園の小林宗作先生も素晴らしい方ですが、トットちゃんのご両親が凄く良い方がたなのです。

こんな並外れた感性のトットちゃんを怒ったりせずおおらかに愛して育てられているのですね。お母さんがトットちゃんに「どの国の生まれかで差別をしてはダメよ」と教えているのを読んで徹子さんの人格はそうして育まれたのだと判りました。

 

ベストセラーを避けて数十年、やっと手に取ったわけですが今だからわかるのかなと思えますし、こうして巡り合えたことに感謝したい気持ちです。