ガエル記

散策

『西部邁発言②「映画」斗論』佐高信、寺脇研

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西部邁氏の本を読むのは初めてです。

お名前は聞いたことがあったけどそれくらいですし、申し訳ないのですが自殺の報道くらいしか知らないのですが、なんとはなしに手に取ってしまいました。

 

もちろん映画についての対談だということで興味が惹かれたのですが、そのうちのいくつかは観ていますが、多くが観ていないものであります。

観たものの中で一番気になったのは宮崎駿監督作品『風立ちぬ』についての感想でした。

 

 私という人間は生まれてからずっとアニメを観て来たし、子供時代は実写と言われる「人間が演じているドラマ・映画」特に日本のものは一段低く観ていたようなところがあったのですね。といっても好きなアニメは日本製のものでアメリカ製は若干物足りなかったのですが。

ある時期から(実写)映画はよく観るようになりましたが相変わらず日本のテレビドラマは観る価値がないものがほとんど、と思っています。外国のドラマは面白いですが。

なのでここで話されている「実写であればまだ見る価値があるが」ということは私の価値観では真逆といっていいので「そういうものか」とちょっと驚きました。

 

と言ってもこの方たちの発言に反感を覚えたりむっとしたわけではなく、「価値観というのは様々なものだ」と思っただけでむしろ非常に興味を持ちました。

 

例えば私はアニメのキャラは魅力的に見えていたのですが、アイドルタレントという方々がどうしてもかっこいいとかかわいいとかに見えなくて未だにその価値観は変わっていません。

たまに良いと思う人はいますが。

 

二次元おたくの目はそういう感じでできているので「本物の人間のほうが良いに決まっているではないか」という価値観とは別世界なのですね。

 

そういった感性の違いを感じながら読んだ本書で対話される言葉は逆に新鮮であったわけです。

つまり今話される評論はむしろ私の感覚に近い人が多いからです。

しかしひと昔前の人の価値観はやはりその後の人間たちとは違っているのですね。

そこが非常に面白かったのです。

 

年表見ると西部邁氏は宮崎駿氏の2年年上ではありますが、両人とも戦争期は乳幼児時期でそれほどの違いはないのでは、と思えますが、西部さんから見れば宮崎駿氏は「模型好きの精神年齢15歳」ということなのです。

巷での宮崎氏の評価と比較してみるとおかしくも思えますが、同じように模型好きの精神年齢15歳の日本人であるおじいおばあは宮崎氏を頼りにしていきているように思えてなりません。

 

確かに戦争を深く考えねばならないのですが、それを知らない人間たちは所詮模型好きであるか、それすらも嫌いであるか、ということなのでしょう。

『世界の片隅で』も戦争を真正面からとりあげていない、ということがむしろ評価されていたのが現状です。

 

西部邁氏の考え方を初めて読んでいて私としてはとても興味を惹かれているところなのですが、とはいえ「日本人にこうあって欲しい」という部分はどうなのかな、とも思います。

youtubeも少し観たのですが日本人には自尊心がない、本当にそのとおりだと思っているのですが、そういう民族であるのならそちらの方向から道を探さねばならないのかもしれない、と思ったりしました。