昨日自己犠牲を礼賛するアニメは嫌だ、という旨の記事を書きました。
『ガンダム』を観ていたらちょうどこれはそうではない、的なエピソードがありました。
エピソード14「時間よ止まれ」
ジオン軍の兵士たちが功を得たいばかりに独自の判断でガンダムに時限爆弾を仕掛ける、という話。
敵側であるジオンの底辺の兵士たちの思惑や日常の一コマを描いたということでも他にない興味深いものです。
マチルダさんへの恋心を思い切り発揮している点も面白いのですが30分(いやもたついてる間に15分)の間にどこに仕掛けられたか判らない時限爆弾をアムロ一人で探して外さねばならない、という緊迫感がたまりません。
「なぜみんなで外さないの?」と問い詰めるフラウにブライトさんは「爆弾で皆が死んでは割に合わない。アムロ一人で被害を最小限にする」といったくせにアムロが間に合わないのを見てぎりぎりで飛び出していき、皆も一緒にアムロを助けに走っていくという顛末になる。
って、それって結局全然被害を最小限にしてないじゃん、と思うのですがブライトさんの必死な表情といつも冷笑的なカイ・シデンが懸命に走っていく様子もすごく心を打たれてしまう一話でした。
こう言うのを見るとやっぱり「自己犠牲の精神」なんてクソだよな、と思うわけです。冷静なはずのブライトさんが走っていく姿に打たれなきゃもう人間ではないでしょう。
ずっと大好きだと思ってはいたのですが宮沢賢治の『グスコーブドリの伝説』と『銀河鉄道の夜』は批判されるべき作品だと改めて思っています。