
ずっと観ようとは思ってはいたものの踏み切れないでいたディスクをやっと挿入しました。
ディストピアものが好きなくせに現実を観るのは怖い私です。
しかし観てやはりよかったと思いました。
「万引き家族」は「良い家族」ではなかったのですね。「疑似家族の愛は疑似でしかない」のでした。
だけども「本当の家族」にはその「疑似愛」すらなかったのでした。
そのどちらを選びますか?と言われたらどちらも選びたくはないのです。
私たちが生きているこの社会は腐りきっていてそれを認めまいとしているだけじゃないかという映画だったのですね。
文句なしに素晴らしい映画でした。テキトーなガバガバ作品が多い現在の日本映画の中でこれほど緻密に考え抜かれた作品は無いと思います。
キャスティングも脚本もこれ以上ないものだったのではないでしょうか。
戸籍上でも血のつながりでもなく寄せ集まった疑似家族の貧乏だけど幸せなひとときを見せても監督はこれは本当の幸福ではない、と少年の行動によって示させたことに共感しました。
しかし彼と違い親が引き取ることになった少女のほうはもっと幼く、相変わらず家庭内暴力が続いている状況を見て昨今の虐待死報道を思い出せば、この小さな少女の運命は真っ黒であるとしか思えません。
彼女を救えるのは誰なのでしょうか?
と映画は問いかけます。
日本社会が抱えたままになって腐りきっている問題をほとんど数珠つなぎのように設定しまくったのが本作です。
家族、というより子供を育てていくには「愛」が必要ですが「愛」だけでも無理なのです。
この少年は自らそれに気づき自分の生きる道を選択しました。
しかしこの少女はその力を持つまでにも育ってないのです。
そしてこの少女はたぶんもう育つことができないまま死ぬのです。
万引き家族というタイトルも秀逸です。
商品を万引きするだけでなく家族も万引きした家族、というわけです。
もちろん「万引き」という行為はやってはいけないことです。
万引きせずに幸福な家族を作り上げなくてはいけません。
これからの社会の中で「家族」という形式がどのようになっていくのか。
今現在の日本社会の少子高齢化を見ても若い男女の恋愛・性意識を聞いてもこれまでの家族形式が変わらずに続くことはもうあり得ないと思えます。
出産も育児も社会が主体とならねばどうしようもないところに来ているのです。
今までの形の夫婦や家族ではない新しい方法を私たちはすぐに考えねばなりません。
男女一人一人でペアになるのではなく個人個人で生活するのか、あるいは男女数人の大家族になるパターンか。私は大家族になるほうが効率よく安定できると思います。男女混じるのではなく同性だけの大家族・雌ライオンタイプも良さそうです。
ハインラインの『月は無慈悲な夜の女王』は明確な予言書です。
この映画が「こんな酷い時代があったんだなあ」と言えるようになることを私は願います。ここで描かれる「万引き家族」は理想家族ではないのです。こうであってはいけない家族です。
人間は絶えず変化していく動物なのでしょう。
かつて理想とされた形も時を経ればそうではなくなっていく。
私たちはその変わらなければならない時間の中にいる、と思っています。