ガエル記

散策

『一命』三池崇史

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先日観た『切腹』のリメイクがあると知らずにいて偶然見つけ、観てしまいました。

しかも観始めてからも監督が三池崇史だと気づきませんでした。三池監督作品は(多作の方なので全部ではありませんが)かなり観ていたのですがあまりにも精緻で気品ある趣だったので驚きました。

 

ネタバレですので、ご注意を。

 

 

 

 

 

切腹』を観たばかりなのでどうしても比較してしまいます。

特に『切腹』が素晴らしい映画で主演の仲代達矢の怖ろしいほどの怪演に打ちのめされた後です。いや他の俳優陣が岩下志麻佐藤慶三國連太郎丹波哲郎というすさまじさであり、そのひとりひとりに見惚れてしまった後です。褒め上げればきりがないのですが、丹波哲郎の迫力ある声だけでも観た甲斐があり、三國連太郎のぎょろりとした眼差しにも打たれました。

 

その直後の『一命』でしたが、まさかリメイク作品がこれほど良いものになるとは思いもよりませんでした。

 

リメイク、をするのならば何らかの意志がそこにはあるはずです。まったく変えない、というのも一つの方法でしょうけど、なにかを変えるのなら明確な意識を伝えて欲しいわけですが、このリメイクにはそうした思い入れを感じました。

 

切腹』は余分な説明のない硬質な演出が素晴らしいのですが、現代版『一命』になると人間の弱さとともに優しさ・切なさがより語られています。

タイトルからして「死」を意味する『切腹』と「生」を意味する『一命』なのです。

 

切腹』での津雲半四郎を演じる仲代達矢は比類なき迫力ある剣客であるがゆえに何故ここまで落ちぶれてしまったのか、とやや不思議にも感じてしまう面もあるのですが(そういうこともあるかと自分を納得させましたが)市川海老蔵が演じるとやや気弱な心もとなさがあって却ってそれが悲しい運命を感じさせました。

瑛太演じる千々岩求女と満島ひかりの美穂の愛情も細やかに描かれているだけにより哀愁を誘います。

特に瑛太=千々岩求女の妻への愛情描写は日本映画で男性が女性への愛情をこれほど感じさせるものはないのでは、と思わせました。

病気の妻に栄養をつけさせたいと買った卵を地面に落としてしまいそれを啜って妻には料理してあげる姿。(しかし子供に当たられただけで卵を落とすなど武士として情けないのでは。きっとお腹が減ってよろよろだったのでしょう)

裕福な武家屋敷(あの有名な井伊家の)で出された綺麗な菓子を妻にあげようと懐に入れた優しさ。

発熱した赤ん坊を医師に診せねばという義父から「求女、どこかに頼れはしないか」と問われた場面は『切腹』にもありましたが、カメラが瑛太=求女により近づいていたために彼が追い詰められた選択をしたことがより一層伝わりました。

 

それにしてもこの物語は今現在でもなにも変わらず受け止められるのではないでしょうか。

かつて武勲を立てた武士でも時流に乗れず士官できなければ路頭に迷い「狂言切腹」という行為をして僅かの金を手にして生きるしかない。

現在でも懸命に勉強して大学を出てもコネがない、上手く立ち回れない人間はブラック企業勤務や派遣社員になるしかなくそこからも落ちてしまえば生活保護を受けるしかない、とはいえ受けていいそれを受けるのも躊躇われてしまう。

年よりは年金も当てにできず、若者は子供が生まれても底辺の人間には社会の風当たりは冷たい。

豪奢に暮らす井伊家に仕える武士たちはそうした下層の武士たちをいたぶるように扱う。

その様子は現在の私たちと同じなのです。

 

そしてまた井伊家でもへまをした武士たちは処分され、なにごともなかったかのように上の人間たちは微笑み合うのです。

 

最近あまり、と思っていたのですが、三池崇史監督の底力を観た気がしました。そして演じた俳優陣もかつての名優たちのリメイクとあっては重責であったはずですが、果敢な挑戦であったと思います。

リメイク鑑賞をするとほぼ残念で「作らなければいいのに」というため息が出てくるのですが、本作はその意義があったと確信しました。

 

ところで本作にはわずかな出演ですが新井浩文氏が出ていました。

事件を起こして俳優引退となっている彼です。その事件内容には私もとても容認できはしませんが、とても好きな俳優だっただけに残念です。