ガエル記

散策

『ロリータ』スタンリー・キューブリック

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この映画、観ていない、と思っていたのですが観始めたら一度観ていたような気もしてきました。なぜなら途中のホテルでの簡易ベッドを広げるドタバタ場面がデジャ・ビュだったからなのですが、もし観ていたのだとしてもまったく覚えていないのは無理からぬことだと思えます。

 

『ロリータ』という種類の作品を作る時書く時描く時、作者は「ロマンチック」な演出をすることが多いように思えます。

もう一つの映画『ロリータ』)(エイドリアン・ライン監督)はそちらの雰囲気で彩られた作品でした。非常に美しい映像でした。

中年男が年端も行かぬ可憐な少女を愛でることに耽美や憧憬や夢や理想を重ねる心理を持つことが多いのか他のもろもろの少女愛作品にもそうしたものがよくあります。

ところがキューブリック監督はナボコフの『ロリータ』しかも脚本が当の原作者なのにもかかわらずこの『ロリータ』をギャグ、少なくともコメディとして製作しているのですね。

 

1997年製作のエイドリアン・ライン監督『ロリータ』と比較すると判りやすいのです。ロリータ本人はどちらも(規制のため仕方なくやや年上ではありますが)非常に愛らし少女が演じていますがハンバートはかなり違ってきます。

ライン『ロリータ』のハンバートはジェレミー・アイアンズですらっとしたイケメンでドロドロした感じがなく少女でも好きになってしまいそうにも思えます。もしかしたら原作ハンバートに近い気もするかもしれません。

確かに原作ハンバートは自分のことを「背が高く美男子」のように書いているわけですがこれは一人称なのでどうにでも書けるわけです。私は信じていませんw

それに比べキューブリック=ハンバートのジェイムズ・メイスンはあまり女子が好きになれるタイプではないでしょう。どしっとした男っぽさがあって美男子という感じではありません。が原作でハンバートが書いていた「臭い男」の感じは凄くします。ロリータのような少女からすれば「臭いおっさん」そのもので「生理的に受け付けない」感が物凄く漂っています。

 

そんな「臭いおっさん」感駄々洩れのジェイムズ・メイスン=ハンバート教授という中年(かなり上の)男が愛らしい少女にぞっこん惚れ込んでしがみついている様子は「ロマンチック」のかけらもなく気持ち悪さが全開なのにもかかわらず必死で彼女を逃すまいとするのが滑稽なのですね。

 

ロリータの母親がまた醜悪といってもよいほどうんざりした女として描かれてしまうのですが、ハンバートの年齢的にはこちらの方が似合っているわけなのにその女性には関心がないどころか憎悪してさえいるのにロリータとの関係を持ちたいがために結婚までしてしまう、というのをキューブリックは「お笑い」だと思ったのかもしれません。

他の方のレビューでこの母親との場面が長すぎる、肝心のロリータが全然出てこないじゃないか、とお怒りだったのですがキューブリック監督は中年男の愛の対象にはふさわしくない少女に近づくために嫌な女と関係する男がおかしくてその場面が長くなってしまったのです。

つまりこの映画は「中年男の少女への愛」を描いたのではなく「その滑稽さを大笑いする」映画だったのでした。

 

かつてもし私がこの映画を観ていたのならその頃はいわゆる「ロリータ作品」にロマンチックを感じていたので本作は気に入らなかったのだと思います。それで観ていたとしても記憶していなかったはずなのです。

今ではハンバートをコケにして嘲笑っているキューブリックの皮肉が理解できるのでこの作品は「ハンパねえな」なのです。よくぞここまで少女愛男を笑い飛ばしてしまったものです。

 

キューブリックはロリータ要素=少女を愛するなんていうのがまったくない男性だったのか。それとも逆にあったのだとしたら、とんでもなく客観的に自虐できる人だったのでしょう。

彼の他の作品を思い浮かべてもあまりロリータ要素は感じられないようなので(あったっけ?)ハンバートのような男は滑稽でしかなかったのかもしれません。

このシニカルな演出はナボコフ『ロリータ』を吹っ飛ばしてしまう辛辣さです。

 

ロリータが愛してしまう男クィルティによりにもよってピーター・セラーズを配役すること自体ふざけているではありませんか。ロリータはピーター・セラーズだけを愛したのです。

また彼女の夫が普通に優しそうな良い感じの青年にしているのも残酷ですね。キューブリックはとことんハンバートをコケにしています。

(ライン監督作ではロリータの夫はちらと見えるだけ、という演出にしていました。描きたくなかった、ということでしょうか)

 

おかしかったのは原作とライン『ロリータ』では最後にハンバートがロリータに渡すお金が4000ドル(原作では別に小切手つき)だったのがキューブリックはなぜか1万3000ドルにしていました。太っ腹です。ロリータの人生を狂わせたのだからそのくらい払え、という監督の心意気でしょうか。

どこまでも立派です、キューブリック

 

スタンリー・キューブリックの『ロリータ』は少女を愛すると称して一人の若い女性を虐待する中年男の気持ち悪さ・滑稽さを徹底的に暴き出し笑い飛ばす映画作品でした。

なのであまたあるロマンチックな「ロリータ作品」ではないのです。

ロリコンハンバート・ハンバートの醜悪さを描いたものでした。

 

やはりキューブリックは凄い!

 

とんでもないヤツです。