ガエル記

散策

『狗神』原田真人

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初めてきちんと観ることができました。

 

私事ですが数年前(もっと経つのか)『妖狼伝説』というオリジナル小説を書きその後さらにマンガに描いたということをしました。

小説はほとんど一か月くらいで書いたように記憶しますがマンガはさすがに数年かかってしまいました。

今思うとその執念はどこからきたのか、とすら思いますが描いた後は文字通り憑き物が落ちたようにさっぱりと離れてしまいました。やはりなんらかの憑き物だったのでしょうか。

次作の『妖狼伝説』は特定はしていませんがうっすらイングランド近くの小さな国の中世期を思わせるように描いています。

しかし先日『どろろ』リメイクアニメの記事にコメントを受けた時に自分の作品は西洋ものではなく思い切り古代日本のイメージから生み出されていたと気づかされました。

そして今回『狗神』-高知県が舞台となっていますが日本各地(主に西日本)に伝承されているーを観てさらにその意識を強く持ちました。ちなみに私自身西日本人間です。

 

そんな私がある日「狼人間の話を書きたい」と突然思い立ち衝動的に赴くままに物語を書き殴っていったのでした。

その時の記憶としては西洋の狼男はあっても日本に伝承される犬神を思い起こしたことはなく(というか知らなかったのです)オリジナル作品を書く時にちらりとも考えたことはなかった気がします。

それなのにもかかわらず出来上がったものの本質は西洋狼男ではなくまるきり日本産の犬神だったというのは奇妙なのでしょうか、それとも当然なのでしょうか。

もちろんDNAに刻み込まれた古い記憶が、などというものではなくいつしかそうした物語を様々な機会に自分の中に取り入れてしまっていたのでしょう。平井和正の『狼男シリーズ』も読んでいますし他の小説やマンガで知らず知らず吸収していたに違いありません。

それにしてもこの映画の原作はまったく知らなかったのですがとても不思議な気がします。

 

そんな人間が観る映画『狗神』は自分が描いた『妖狼伝説』の日本版のようにも思えました。

設定やストーリーはまったく違うのでどこも「真似た」と思われることはないでしょう。

しかし核の部分は同じものであるように思えます。

 

人間が生み出した不気味な社会から逃げることはできるのでしょうか。  

 

 

追記:もしも私の小説及びマンガを読みたいと思われる方がおられたらサイドにリンクしております。