ガエル記

散策

『ミッドサマー』アリ・アスター

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怖く面白い、という噂を読んでから物凄く期待していましたが、思ってた以上に凄かったです。

 

以下、ネタバレしますのでご注意を。

 

 

 

 

この映画を観てから「日本で作ったら・・・」と考えようとしたのですが古い伝統を守り続ける田舎に見知らぬ者が訪れてという物語なら既にあると思いなおしました。いや世界中にあるはずです。

 

本作『ミッドサマー』の特異な点はそうした古いしきたりに対する驚きをタイトルで伝えているように北欧の真夏の特徴である白夜、いつまでも明るく闇にならない世界での恐怖であることーホラーは必ず闇夜に起きるという前例を壊したーと、これまでのホラー映画のお決まりである男女の役割を逆転したことにあるのです。

 

日本映画では田舎にある古い伝統を守り続けるを描いた作品は例えば先日観た『狗神』もそうです。近親相姦などのキーワードは重なりますが『ミッドサマー』とは印象がまったく違ってしまうのは因習を村人がある一族に押し付けてしまうのか、村人全員が結びついているからか、によるものだと思われます。

本作のダニーも『狗神』社会に入ったとしてもその魂が救われることはなかったはずですが『ミッドサマー』の村人のひとり新しい家族の一人になることで彼女は救われたのです。

この救いが幸福なのかどうか、私はどうもこの村人にはなりたくないのでダニーのように救われそうにはないのですが。

 

映画の中の恋人は嘘のようにヒロインを愛し助けてくれるものですが、本作の恋人役クリスチャンはなかなかのイケメンではありますが悩めるヒロインを持て余しているのがわかります。

むろんレビューを見ても過去を引きずってメンヘラ状態にあるヒロインを映画とはいえ疎ましがっている方も多くおられるようなので実際にいつも落ち込んでいる女性を受け止めてくれる恋人はいないのかもしれません。

映画でもダニーと一緒に泣いてくれたのは村人の中でも女性たちでした。

 

特に他作品との違いで際立つのはサービスカットとして登場するのが定番の美女が襲われる(レイプされる)シーンがこの作品ではイケメン男性になっている、ということです。レイプするのは男性ではなく若い女性であり老若混ざった数人の女性たちがその様子を見守ります。

女性であるための体力任せの暴力的レイプではなく薬の力を借りた静かなレイプとなっています。

 

黒人青年が学問優先で禁忌を冒してしまうこと、も今までとは違う設定になっているひとつなのかもしれません。

 

ホラー映画のいうジャンルは人気で数も多いのですがどうしても受けを狙ったパターンに陥りやすくマンネリ化してしまいがちでそれを覆すために残酷さや突然飛び出してくる衝撃を追求してしまいます。

人間の体を切り刻むだけでなくそれをいかに晒し物にするかを競っているのですがあまりにもそれが過剰すぎて無意味に思えてしまうのです。

本作も残酷や切り刻みはあるのですがもうそれは当たり前でしかないようです。

 

では『ミッドサマー』の恐怖はなんでしょうか。

それはダニーという優しげでおとなしくて内気そうな若い女性、これまでは恋人であるクリスチャンが言い争いの途中で帰ろうとすると自分の気持ちを抑え込んで「ごめんなさい」と謝ってしまっていた女性が恋人を殺すことを選択しその様子を苦痛ではなく笑顔で見つめてしまう女性に変化してしまうことが彼女の幸福なのだ、というそのことが恐怖なのです。

 

この村では彼女の選択と行為は正しいことだという恐怖です。