ガエル記

散策

『残酷な神が支配する』萩尾望都 その1 『キリング・ストーキング』       

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残酷な神が支配する』は私にとって苦い記憶のある作品です。

 

その苦い記憶とはこの作品の連載当時から私は内容に失望してマンガで最も好きだった萩尾望都を読まなくなってしまったというものでした。

 

 

なぜそれほどこの作品に失望したのか。

それは私がそれ以前から男性同性愛作品を好んで読んでいたことが関係してきます。

私がその分野の作品を好み読んでいたのは世の中にまだ≪BL≫という呼び方が出ていなかった頃で多くは海外の小説や映画などから探し出すしかなかった時代でした。

そうした時代に萩尾氏は『トーマの心臓』などでいくつもの優れた同性愛的(少年愛というほうがいいのでしょうが)作品を発表して多くの支持があり私もその一人でした。

萩尾氏を代表とする作家の活躍があり日本社会で同性愛作品というカテゴリが確立したと言っても反対はないはずです。

女性作家を中心とした「男性同性愛カテゴリ」はやがて≪BL≫という呼び方が定着し今に至っています。

しかし私自身はかつて好きだった「男性同性愛作品」が≪BL≫と呼ばれるようになってから心が離れていきました。

幾つもの作品を読んでも観ても≪BL≫と呼ばれるものに感動することがなかったのです。

特に疑問を覚えたのはBLの中で「レイプによって男性同性愛関係を持つ」形式が異常なほど多かったことでした。

現在では≪BL≫作品を読むことがほとんどないのでまったくわからないのですがその頃は私自身が体感的に思ったことです。

はじめのうちは自分が若いせいもあり未知の世界で刺激的で魅了されていたのは確かです。美貌の少年青年が屈辱を体験する展開を楽しんでいたのでした。

が、そんな作品を多く読んでいくうちに最初は一種の快感を得ていた自分も疑問を持つようになりレイプ設定のBLは避けてしまうようになりました。むしろ嫌悪感を持ったというほうが正しいかもしれません。同性愛が社会的に当たり前となるためにはレイプものを好むBLに疑問を投じるのは当然とも思いそうした作品は低俗と判断したのです。

 

萩尾望都残酷な神が支配する』の連載が始まったのは私がそう思い始めたちょうどその時期でした。

萩尾氏が『トーマの心臓』での少年愛から成長して本格的な同性愛ものを描き出したことに私は期待もあったのですがその内容が始まりからして年長の男性からのレイプという展開だったことに落胆したのでした。

 

萩尾望都が最も低俗なレイプBLをいまさら描くのか。

 

今となってはここに書いた文章を自分で読み返し苦笑するしかありませんが当時の私にはその程度にしか考えが及びませんでした。それほどレイプものに嫌悪感があったとも言えます。私はこの作品であれほど好きだった萩尾望都作品をすっかり読まなくなってしまった、それほど嫌だったのです。

 

さてその後私は何かのきっかけで別の萩尾作品に再会し以前以上になくてはならない作家になりました。読まずにいた数年もしくは十数年の作品を読み漁り素晴らしさに感動しあげくに自分の判断を後悔しました。

残酷な神が支配する』が存在しなければ、もしくは私がスルーしていればその後の感動をもっと早くに感じられたのです。

特に『バルバラ異界』は最高傑作と思っていますし『マージナル』『アウェイ』などの傑作が並びます。

とはいえそれでも『残酷な神が支配する』だけは全巻揃えて何度か読んでみてもどうしてもその良さを感じることができなかったのは事実でした。結局私が作品の初期段階で早合点した、だけではなく全編を何度読み通しても『残酷な神が支配する』への嫌悪感はぬぐえなかったのです。

 

何故この作品を萩尾望都は描かねばならなかったのか。

しかもこんな大長編にして(少女マンガとしてはかなりの長編で彼女の作品としても最長です)その労力を払わねばならなかったのか。

「第1回手塚治虫文化賞優秀賞」を受賞という肩書も私には萩尾望都への賛辞としか思えませんでした。

 

登場人物はすべて共感ができない嫌な人間ばかりです。ジェルミはもちろんですが相手役イアンには魅力のかけらも感じません。

グレッグが嫌な奴なのは当然ですがこの作品の登場人物全員が「嫌な奴」としか見えません。物語は迷走し同じ場所をぐるぐる回っているような構成です。いったいどうしてこの作品を好きになれるのでしょうか。

実は私がこの作品をもう一度見返してみよう、と考えさせたのはつい先日読んだ韓国の若い作家クギ氏の『キリング・ストーキング』でした。

この作品はそれこそ極めつけの王道と言っていい『レイプBL』です。

その暴力性は『残酷な神が支配する』どころではない正気を失ったサイコパスレイプなのですがその作品に「何故か」どっぷり入れ込みはまり込んだ私は突然『残酷な神が支配する』の読み方の『パスワード』を手に入れた気がしました。

そのパスワードはなんなのでしょうか。

もしかしたらほんとうにただの「レイプBL」というワードなのかもしれません。

かつてむしろ好んで読んでいたはずの設定ものをある時から忌避するようになった私は再びそのキーワードを手にすることで『残酷な神が支配する』を読むことができるアプリをもう一度再ダウンロードできたのかもしれません。

そのパスワードを思い出させてくれたのがクギ作『キリング・ストーキング』だったというわけです。

 

 

続きます。