そして名作として名高い本作『フルメタル・ジャケット』です。
前半の鬼教官によるミリタリーケイデンス、奇妙なニックネーム、狂気に満ちた罵声、ゴーマー・パイルへの執拗なしごきと仲間からのいじめは軍隊ものの古典であり必読教科書として位置づけされているのではないでしょうか。
かなり以前に鑑賞した時は物凄い映画作品ということはわかったのですがあまり意味を呑み込めてはおらず理解したふりをしていました。
今現在はかなり消化できたとは思うのですが時代の移り変わりもあってかなり虚しい映画に思えます。
とはいえキューブリックはもともとこの映画を「虚無」として製作したのではないかと思いますのでそれでいいのでしょう。
以下ネタバレしますのでご注意を。
鬼教官によるしごき、罵声、それによって精神異常になる「虚無」です。
さらには後半ベトナムでの実戦で大切な生命を失いさらに奪う「虚無」です。
そこにはなんの意味もありません。
主人公たちアメリカ兵は「虚無」のために遠い国へ派遣され女子供を殺した。男の美学はそこにはなく生き延びるための「虚無」しかないのです。
何度も撃ち抜かれ叫び声をあげるアメリカ黒人兵の姿はきわめて愚かしく戯画化されます。繰り返されるために思わず失笑せずにいられません。銃撃され流血する人間を観て笑ってしまうとはなんという人非人でしょうか(私は)それもキューブリックの仕掛けた罠です。
ベトナムの兵舎にはスヌーピーイラストがあちこちに飾られラストは全員によるミッキーマウスのテーマの大合唱で終わります。戦争はマンガみたいなもの。冗談にしか過ぎないのです。
勇者であるはずの兵士たちは女子供を撃ち殺す。
そのために仲間たちも次々と死んでいく。
この戦争ごっこはいったいなんのためにやっているのか。
とはいえこの映画は反戦を意図したものというよりは人間の内面を暴き出していくキューブリックの他の映画と同じ構造なのです。奇妙な冷笑が常に存在するのも同じ。
キューブリック映画は沈黙が怖ろしい。
また音楽の効果もまた怖ろしい。
スナイパーが少女であったのを観てからの映像はどんな映画よりも恐ろしい。
ラスト、ローリングストーンズ「黒くぬれ!」選曲が怖ろしい。