ガエル記

散策

『プラダを着た悪魔』デヴィッド・フランケル

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なんとなくお洒落な映画なんだろうと思いこれまでまったく観ようとしていなかった、たぶん一生観ようとも思わぬだろう映画だったのですが岡田斗司夫氏の「おもしろいよ」という動画を観て以来岡田氏から(本人も意外でしょうがとおっしゃってたが)まさかこの映画をお勧めされるとは思いもよらず気になっていたらwowowオンデマンドで見つけて鑑賞してみました。まずはお勧めされてしまうのが当然というほどの面白い映画でした。

 

以下ネタバレしますのでご注意を。

 

 

 

岡田氏の注目点は冒頭のイケてる女子とイケてない女子の比較場面とタクシーの止め方でイケ度がわかる、というものでした。

確かにその点を含めて映画全般にわたってイケてるイケてないかがビシビシ決められていくのです。

 

台詞もいちいちイケていますがそれだけでなく映し出される映像、しぐさや表情すべてがなにかしらの意味が含められているような緊張感あふれる映画であります。

とはいえ溢れるほどに入れ替わっていくお洒落な服や靴バッグなどを観ているだけでも楽しくこの映画での情報量の凄まじさを感じさせます。

 

ストーリーはいかにもアメリカ映画らしいセオリーに基づいたものだと思います。

ファッションには疎いジャーナリスト志望のまっすぐで頑張り屋の若い女性が将来への布石という意味で仕方なく入ったファッション雑誌業界での目まぐるしい仕事内容に追いまくられるうちに従来の負けじ魂が機能するあまり先輩や上司の意地悪を乗り越えみるみる成長していってしまう。

しかし昼夜、オンオフも関係なしに追いまくられる彼女に恋人や友人関係は次第に壊れていってしまう。

しかし先輩への裏切り行為の強要や業界の惨い仕組みを見せられてしまったことで主人公は目が覚めていく。

 

この物語の男性版は今まで数多くあったはずです。いわば男性主人公を女性に置き換えただけの内容とも思えます。

家庭や恋人を顧みないモーレツ社員がはっと気づいて本当に大切なものは何だったかを知る、という内容ですね。

マット・デイモン『グッド・ウィル・ハンティング』もほぼ同じ筋書き構成だと思いますし多くの作品が子の形になっているのではないでしょうか。

こうしたがむしゃらな主人公が戦いに突進する中でもう一度自分自身を見つめなおす、という物語はアメリカ映画だけではなく物語の基本というべきものです。本作はまさしくその通りの作品でした。

 

非常によく考えられ練られた脚本演出で映画の教科書と言っていいのではないでしょうか。

もちろんこれだけが映画のすべてではありませんが受ける作品を作りたいなら是非観て置くべき映画だと思います。まったく飽きることなく楽しめる内容なのです。

と思ってはいたのですがレビューを見ると本作に疑問を感じる人もいるのですね。おもしろかったのは「若い時は良さがわからなかったが年を経て観ると意味がわかる」というものでした。

なるほど若い時には「こんなに出世したのにそれを捨ててしまうなんて」と思ってしまうのが経験を積むと主人公の気持ちがわかってきた、となるのですね。

私は年を取ってから初めて観たので(といっても2006年製作ですからその時点で充分ですが)当然だと解りすぎましたw

あんなに働いてはいけませんw

ラスト彼氏と単によりを戻す、のではなく彼は彼で新しい仕事を見つけ、アンディも初心に戻ってジャーナリストへの一歩を始めるのだけれど「何とか道を見つけよう」という話になるのがとても良い。

 

少し前に安冨歩教授から「アメリカ映画はラスト前に必ず〝どちらかを選べ”という場面がある」と言われてはっとしたことがありました。

「爆弾に繋がれた赤い線か青い線のどちらかを切らねばならない、という選択が主人公に求められる」というのです。

他の誰かに聞くことも逃げることもかなわぬ。自分でその判断をしなければならない。

本作もまたそのセオリーを踏みアンディは選択を迫られます。

ミランダの後を追ってファッション雑誌業界の高みへ上り詰めるか、それとも初志に帰るのか。

そしてまた恋人や友人をこのまま手放すか、仲直りするか、です。

 

たいがいはそのまま先に進む方を選んでしまうのかもしれません。

確かにもったいない。普通では得られない幸運をアンディはつかんだのですから。

もし初志に戻って仲直りしてもその後がどうなるのか、それは解らないのです。

しかしこの物語では「裏切り行為」という現実を突きつけてアンディに「これは私が求める道ではない」という決意をさせました。

それらがなかったら?

もしかしたらアンディはそのまま彼や友人と別れてファッション界の道を進んだのかもしれません。

とはいえこれは物語です。

はっきりとした「問いかけ」が仕掛けられアンディは別の道を進む、という構成が作られたのです。

まったく巧い作品でした。