ガエル記

散策

『ジェーン・エア』シャーロット・ブロンテ その2

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ドラマの画像です

再読完了しました。

描かれている恋愛の激しさに打ちのめされます。現在の感覚でいえばここまで情熱的なセリフを語るのはやりすぎ、と思えるのですがそれでもやはり感動してしまいます。

急に読みたくなったのはもしかしたらこの時代がかった情愛を感じ取りたかったのかもしれませんね。

 

 


ネタバレしますのでご注意を。

 

 

20歳以上も年上の金持ちで教養ある紳士と身寄りのない孤児で器量の悪い娘との大恋愛物語。

しかしヒロイン・ジェーンの良さはう運命に流されていかない気性の強さです。

日本の作品ではよく「とんでもない運命に流されていく少女」という表現があります。自己肯定の低い主人公がおたおたとしているうちに引きずり込まれてしまうのです。

が、シャーロット描くジェーンは権力のある人物から命じられても必ず「私は嫌です。拒否します」と言い放ち飛び出してしまいます。

この気高さにまず感動します。自分の器量が悪いことは確かだけど誰にも踏みつけにされたりはしない、という意志がはっきりとしているのです。

なので養母の家で理由ない虐めや折檻を受けることに抵抗し養母を罵ります。歯向かうことのできない日本の話ばかり聞いている身としてはこのジェーンの態度に憧れます。

養母を罵って慈善学校へ向かったジェーンはここでヘレンという親友に出会い人を許すという優しさを知ります。また校則に背いても正しいことをする女性教師の慈愛も学びます。こうした経験が後のジェーンの人格に深く影響していくのです。

 

非人道な教育と生活を強いる慈善学校の教育を経て彼女は教師となり自分で広告を出して家庭教師の職を得ます。この行動力も素晴らしい。

世話になったともいえる慈善学校も罵ってジェーンは先に進みます。この潔さ。

見習いたいものです。

 

ジェーンを雇い入れてくれたフェアファックス夫人が働くロチェスター屋敷で彼女はやっと安らぎのある生活を始められるのです。この時の彼女は18歳です。

ジェーンが教育を任されたのはフランスからやってきたアデールというまだ幼い少女でした。

彼女には父母もなく英語もまだ覚束ない。しかもパリで亡くなったという母親から学んでいたのは子どもには似つかわしくない歌や踊りで、彼女の生い立ちを思わせます。

しかし同じ孤児であるアデールにジェーンは愛情を感じるのでした。

18年間の不幸を埋めるかのように訪れた穏やかな生活の中で登場するのがエドワード・ロチェスターです。

大変な財産家で教養も深いのですが皮肉屋で横柄な態度であるのはジェーンより20歳以上も年上の雇い主であるのだから仕方のないことではあります。

大柄なぶっきらぼうで悪態をつく癖もあり決して美男子とはいえないロチェスター氏とやせっぽちで不器量で意地っ張りな小娘ジェーンは会話を重ねるうち互いに好意を持ち始めるのでした。

 

この少しずつ進む感情の交流が素晴らしいのです。

もしかしたらじれったいと思われるかもしれませんがこの時間経過があったからこそふたりの心情がわかっていくのです。

この積み重ねは映画ではなかなか難しいのではないでしょうか。

 

ロチェスター氏はジェーンに試練を与えます。

飛び切りの優雅な美女で家柄も良いブランシュ・イングラムとの婚約をほのめかすのです。

自分とは比較するのも難しい貴婦人の登場でジェーンは叩きのめされますがそのことで自分のロチェスター氏への思慕にも気づかされる、という仕組みになっています。これもうまい。

これがなければ身分も年齢も違うロチェスター氏との関係をジェーン自身が認め難かったのです。

 

ここでちょっと笑えるエピソードが入ります。

恋敵であるブランシュが占い師の老婆に不吉なことを言われて激怒するのですがこの老婆占い師がじつはロチェスター氏の扮装だったのです。

老婆とはいえ女装をするエドワードっていったい?この部分は忘れていたので笑ってしまいました。

今のマンガであれば必ず「女装趣味なの?」とジェーンがドン引きするギャグが入るとこです。「チガウー!」いやそうだろ的な。

 

とにかく可哀そうなのは美女ブランシュです。

ロチェスターは自分とジェーンの愛情を確認するために彼女の反応を利用します。

意地悪くも秀逸な場面です。

 

物語はブランシュとジェーンの違いを際立たたせます。

容姿は美しいが身分の低いものを悪しざまに批判するブランシュの描写に続き奇妙な男を助けるために勇敢に立ち向かうジェーンとの比較です。

それを見ていたロチェスターの心がどう動くのかは明確です。

 

ふたりの関係がどうなるかという緊迫のさなかハプニングがおこります。

ジェーンの辛い過去である子供時代の屋敷に勤める男が知らせを運んできたのです。それはジェーンは養母が臨終の床についていて彼女に会いたがっているというものでした。この展開も非常に効いています。

ジェーンはロチェスターに赦しを得てかつて憎み罵った叔母のもとへ帰ります。

成長したジェーンは冷酷だった養母をもう許していますが臥所についた養母のほうが「決してお前を許容できない」とつっぱねるのです。そして実はジェーンの面倒をみたいと言っていた富裕な親戚がいたことを打ち明けるのですが「お前が幸せになるのが耐えられなかった」とも告げ、和解のないまま彼女は亡くなります。

いったいどうしてこの養母はここまでジェーンを憎んでしまったのか。

ジェーンの幸福感と比較して彼女の不幸感は印象的です。

ジェーンを苛め抜いた長男ジョンの自殺、ふたりの姉妹の対照的な生活描写も巧みです。

 

その後のブランシュ嬢の描写は簡潔でした。

彼女はあっけなくロチェスター氏にはほとんど財産がない、という偽の噂を鵜吞みにして彼を撥ねつけてしまったらしい。

ロチェスターはジェーンに求婚し、この物語の中で最も甘い晴れやかな描写が続きます。

が作者は何と残酷な展開を用意したことでしょうか。

幸福な結婚式の誓いの場でそれは打ち砕かれるのでした。

 

そしてついにロチェスターの苦悩の秘密が暴かれます。

何故富豪の紳士が何の魅力もないような小娘に惹かれるのか、それはこの秘密のためなのです。

多くの恋愛物語にはこの「苦悩の秘密」があるのです。

「苦悩の秘密」の如何で恋愛物語の情念はさらに燃え上がるのです。

 

ロチェスターの秘密は「もうすでに結婚していた」ということでした。

ただその伴侶は重度の精神障碍者であり彼はその妻を屋敷の誰も行かない場所に隠しひとりの世話人を高給で雇っていたのでした。

この秘密もまた物語性を高めます。イギリスの田舎に存在する大きな富豪の屋敷に隠された狂人。ゴシックロマン的でもあります。

そして生真面目なキリスト教徒でもあるジェーンはこの事実を無視することはできませんでした。

物語中ロチェスター自身が慟哭するとおり彼の失敗はこれを秘密として隠したことです。彼がいうように先に彼女にこの悩みを打ち明けてさえいればジェーンはその後失踪することはなかったはずです。

彼女の気高い精神はロチェスターを庇護するために彼を許し支えたに違いないのです。

が、打ち明けることができなかったためにロチェスターは最愛の女性を失い、その後自分の身体も損ねてしまうのです。

この展開は見事、としか言えません。

愛を信じ切れなかった彼はそれを失ってしまったのでした。

 

                              続く