原題:鬓边不是海棠红、英題:Winter Begonia
鑑賞終了しました。
あまりの感動に言葉もありませんが頑張って少し書いてみます。
ネタバレしますのでご注意を。(『覇王別姫』に関しても)
よく練られた素晴らしい脚本でした。
もちろん中華ドラマらしい大げさな表現に彩られてはいますがそこは好みですね。私にはしっくりきました。
最期は大団円でした。あらゆる布石を活かしてまとめられていました。
私はどうしてもチェン・カイコー『覇王別姫』との比較をしてしまいます。
レスリー主演の『覇王別姫』は素晴らしい作品ですが悲しくあり残念に思えるところもあります。
『覇王別姫』は時期的に同性愛表現そのものが画期的で冒険でもあったでしょうがそれでも当のふたりを「結ばせる」というまでには至れない。悲恋という形でしか展開できなかった。
本作で「当のふたり」である程鳳台と商細蕊はあくまでも友人として描かれます。妙な思わせぶりの表現演出はなかったと思います。
鳳台の細蕊への敬愛は幼い頃失ってしまった母親への敬慕と重なり鳳台が秘めてきた母を天女もしくは女神と思う気持ちを細蕊が引き出してしまったことから始まっています。しかし交流を深めるうちに彼の奔放さ情の深さ激しさを本気で好きになっていくのです。
細蕊の性格はかなり破綻していて病的といえるのですが翻弄されながらも鳳台はよりその魅力にはまってしまうのです。
細蕊は優れた役者ですがその精神が複雑です。図太さと繊細さ、強さと脆さを併せ持っているのです。幼い頃は師姉がそれを守ってくれていたのにある日失い発作を起こしてしまう。
愛情を求める気持ちが強すぎるのです。
細蕊は鳳台に師姉のような愛情を感じたのかもしれません。つまりここでふたりの情愛は恋心というより母と姉の代わりという家族愛から生まれている共通点があります。
同性愛と言う言葉が持つ性愛ではない、というところに本作品が訴える友愛の形があるように思えるのです。
つまり本作は同性愛とかBLというカテゴリではないしそれを隠して表現したのではなく「深い友愛」という物語だったのです。
むしろそれは昔の物語に戻ったともいえそうですがもちろん単に戻っただけではないのは明らかです。
程鳳台は愛する妻子がいます。彼が日本軍とのいざこざで死に直面した時思い起こしたのは妻子を守ることでした。
細蕊は師姉に奇妙なほど執着した愛情を持ち、亡くしてしまった小来を死後娶ります。細蕊は肉欲が薄いのです。
その分食べる肉欲が凄まじいのですが。(これも布石か?)
同じように強い師姉弟関係だった六月紅と臘月紅が悲しい展開になってしまうのも対比として描かれているのでしょう。
チェン・カイコー『覇王別姫』との対比でいえば蝶衣に惚れ込む日本軍人が本作でも登場します。雪之誠=九条和馬の細蕊への恋慕はひたむきで哀れを感じさせました。
そしてほぼ思った通りでもあったのですが素晴らしい大団円で幕を閉じましたね。
『覇王別姫』で蝶衣が同性愛を遂げられず命を落とすという最期は今の感覚では受け入れ難いではありませんか。
本作品では程鳳台と商細蕊の友愛は壊れたりしないのです。
例えその肉体が離れ離れであったとしても。
しかも数年すれば会えたはずですね。
ふたりの間柄は「知音」となっているのです。綺麗な言葉ですね。この言葉を知ることができただけでも素晴らしい出会いでした。それどころではないのですが。
鳳台は結局細蕊の歌声で生き返り目覚めました。
そのことに意味があると感じています。
英語タイトルが「ベゴニア」となっているのでそのままベゴニアを想像していたのですが「花海棠」はこういう花なのですね。