シーズン5の最後まで再鑑賞しました。その前が気になってシーズン4・3の最初を観てみたのですがやっぱりますます気になって結局シーズン1から観なおすことにしました。
そりゃそうだよねえ。
ネタバレしますのでご注意を。
最凶のシーズン5を観てから1を観るとウォルターのあまりの違いに驚く。全くの別人だ。
凶悪犯になる前のウォルターは堅物で気が弱くて奥さんのスカイラーの尻に敷かれ息子のフリンにからかわれている。
金がないために洗車場(後で買い取る店だね)でバイトして罵られ高校では生徒に軽んじられてバイト先でその生徒の車を洗う羽目になる。勿論爆笑される。
ウォルターとジェシーの出会いも確認。
テンポよく進む。
この頃のウォルターはほんとに優しげだ。しかし彼はジキル博士なんだ。ジキル博士は自ら望んでハイドになった。
ウォルターは脅されてハイゼンベルクになったのではなく自らそうなりたいと願ったのだ。
何故ウォルターが「ハイゼンベルク」を名乗ったのかわからない、とネット検索で出てきた。「ハイド」と「ハイゼンベルク」が英語的にどのくらい同じ音に聞こえるかは不明だけどそういう意図があったのではなかろうか。
ウォルター。この時点では悪の道においてジェシーより格下だ。
そしてまだ人を殺すことに抵抗があるまともな人間だ。
シーズン5にもなればウォルターはその気持ちを完全に忘れてしまっている。
一方のジェシーは1ではむしろ「俺なら一思いに殺しちまうね」と高飛車だ。この構図が逆転してしまうのだ。
しかしここでもジェシーはとてもまじめだ。しょうもないヤク中だけど。
そしてアメリカではなんでもトイレに流すよな。よほど水流が強いのか。よく詰まらないなと感心する。
そしてウォルター・ジキルはハイゼンベルク・ハイドへと進み始める。
マリー、最初からうざいな。マジでこの人が世界を壊している気がする。