ガエル記

散策

『精神0』想田和弘

『精神』のその後。長年精神を病む患者さんに人生を捧げてきた山本昌知医師が80歳を過ぎて引退を決意する。

 

前回の「その後」まで観なくてもいいかなと思ったのですがこれは絶対観てよかった。

これまでドキュメンタリーで様々な人々が取り上げられてきた時その人自身が面白い時ほどその周囲の人には目が向けられなかったかもしれない。

山本医師は心病む人たちを救うために人生を費やしたが妻の芳子さんは夫を支えるために人生を費やしたのではないでしょうか。

 

 

ネタバレしますのでご注意を。

 

 

 

 

 

芳子さんはどうやら認知症であるらしい。

夫妻は中学の同級生からの間柄という。つまり同い年なのだが芳子さんのほうが体も頭脳も早く年老いてしまったのだろうか。ずっと年上のようにさえ見える。

かくしゃくとして明晰な夫と比較して腰は曲がりぼんやりとしているようで独り言が多く動くのも難渋そうだ。

中学時代は芳子さんのほうが成績優秀でいつも一番だったのに夫のほうは勉強ができなかったという。なのに夫氏のほうが医師になり芳子さんは主婦として寄り添うことになったという現実には心が痛む。もちろん世の中には80歳の女性医師もその他の職業婦人もいるだろうけどやはり男性よりも困難な選択なのは明確だ。

それは良いとしても妻となった芳子さんの苦悩話に慄いた。

芳子さんは精神状態もあるし寡黙そうでそんな話をする人ではなさそうだ。

本作では彼女の親友である女性が夫妻の前でとうとうと語ってくれた。優しげで上品な女性だ。

芳子さんがどんな気持ちでいたかを笑いを交えながら医師である夫氏とカメラに訴える。

夫妻の子どもがまだ小学生だった時に山本医師が患者さんを家庭に引き取って面倒を見たというのだ。

芳子さんの苦悩は並大抵ではなかったはずだ。

精神を病んだ患者さんを家に入れ子どもたちとその患者さんの世話をするのは芳子さんだ。子どもたちへの影響不安はどんなものだったのか。想像すらできない。

そして生活のすべてを医療に捧げた医師は素晴らしいけれど妻の苦痛がどれほどだったか。

同年齢なのに生命力を使い切ってしまったかのような芳子さんを観て胸が詰まる。

聡明だった芳子さんはその能力をすべて山本医師の医療活動を支えるために出し尽くしたのかもしれない。

夫である山本医師もまたそのことをわかっているんだろう。

 

ラスト。墓参りをする夫妻の姿。

お墓は山の中で随分足場が悪く段差を乗り越えていきつかねばならない。

山本医師はなんなく越えていくが芳子さんにはその段差を越える体力がもうない。

夫は手を差し伸べ小柄な芳子さんを支える。

これまでずっと支えてきてくれた妻を今度は夫が支える番だというような。

墓参りをすませ疲れて足元も危うい妻に寄り添う夫。年老いた夫婦の後ろ姿。

 

いろんな人生があるのだと思う。

今の人の感覚で言えば夫のために生きた妻の人生はなんなのかと言えるだろうけど。

時代によって人生は変わる。

しかしその人生をどう考えて歩くのかは自分が決めなければいけない。