ガエル記

散策

『飛猿斬り』横山光輝 その2

ここだけ見たら幕末という感じはしない。

 

ネタバレしますのでご注意を。

 

 

繰り返しになるが1864年尊王攘夷をとなえる水戸藩士により天狗党という一党が結成された。

同志に加えるのに身分を問わずやくざ者・前科者まで仲間となったためにその数はあっという間に二千人近くにふくれあがる。

その結果、天狗党はわずか数か月の間に軍資金集めと称し放火・略奪・殺戮を繰り返す一大野盗と変わっていったのである。

 

ここで登場するのが源蔵という岡っ引きだ。源蔵は天狗党の動向をさぐって各藩に知らせる役目を担ってとある村を歩いていた。

天狗党の残党が襲いにくるという噂を聞いた村にはすでに人影はない。村民は村を空にして身を隠しているのだ。

ところがその村にふたりの男が農作業をして残っていた。

源蔵はふたりに早く逃げるように声をかけた。

しかしくるりと顔を背ける男に源蔵は不信を抱く。

その男の顔は人相書きの山田一郎に瓜二つだった。剣をとっては天下無双、飛猿の山田と異名をとったほどの男だ。

彼は天狗党の結成者の一人ながら軍資金一万数千両もの金と共に行方をくらましたのだった。

 

帰りかけた源蔵はふたりの方へ戻りしばらくやっかいにならせてくれと言い出した。

お上の御用に嫌とは言うめえ、と源蔵はたたみかける。

 

天狗党のお尋ね者山田一郎と知りながらその家に上がり込む源蔵。

従者の男から芋粥をすすめられ食べるとその味に「うっ」となる。こういう場面をいれるのが巧いなと思う。

源蔵は天狗党をどう思うかと問いながら自分で彼らの非道を並べ批判した。「世直しと言いながら金品を奪い人を殺し女を弄び家に火を放つ。どの盗賊よりひでえ。しかしやつらよりもっと悪い奴がいる。南部浪人・山田一郎」

しかし目の前の男はその言葉を聞いても表情一つ変えなかった。

源蔵が「その山田一郎を捕まえたいのだ」と話しても「うまかった」と椀を置いた。

(このセリフも良い)

 

源蔵は横になるが夜中目が覚め隣室の灯に気づいて覗き込むと山田一郎とその従者はなにか相談している様子だ。

 

(余談ながらここ、BL描きさんにお勧めしたいシチュである)

 

翌朝、それまで寡黙だった山田一郎は源蔵に語りかけ始める。

なにこの二枚目(いろんな意味で)

山田一郎は「その山田一郎はほんとうに国を憂い心配している男だと聞いた」と話し始める。

「彼は本当に国のために働く男にその金を使ってもらいたいと軍資金を隠したと聞く。人の噂はどこかで間違って伝わっていくものよ」

そこへ従者が幾本もの匕首を持って入ってくる。

で最初の画像となる。

どうやら山田一郎はそれらの匕首を使ってひとりで四・五十人の天狗党残党と戦うつもりらしい。

ここでまたも源蔵は引っ掛けようとその名を口にする「それだけの相手にひとりで戦えるのは日本でも数多くはいねえ。たとえば飛猿の一郎の異名をとる山田一郎とか」

この場面の緊張感。山田の背後に影を黒々と描くことで一層高まる。

 

「いくぞ」「へい」

山田と従者は家を出る。

と山田は笑みを浮かべながら「天狗党があらわれるとすればどのあたりだ」と問う。

源蔵は毒気を抜かれたような面持ちで「あのあたりでござんしょうね」と答えた。

この話し方ですでに源蔵が山田一郎に一種の好意を持ってしまったことが伝わる。

それまで天狗党山田一郎に憎悪すら抱いていたはずの源蔵が本人からの短い弁明に心が動いてしまったのだ。

源蔵はその動揺を抱えながら山田主従に続いた。

 


天狗党が現れるだろうと予測した林にさしかかり山田一郎は従者が運んできた匕首を鞘から抜き出しこともあろうにその抜き身を次々と木々に投げて突き刺していく。

果たして源蔵の言葉通り天狗党の残党が林の向こうからやってきた。むろん目的はこの村を荒らして目ぼしいものを奪おうというのであろう。

賊は立ちはだかる山田に「おれたちは天狗党だ。たたっ斬るぞ」とすごむ。

山田一郎は「天狗党を語る盗賊わしが天にかわって天誅を加える」と刀を抜いた。

匕首を手に次々と賊を討ちとっていく。刀身が折れると飛び上がり先に刺していた匕首を抜いて再び賊に打ちかかった。

賊を切り捨てながら山田一郎は泣いていた。

 

源蔵は呆気にとられ斬り捨てられた屍を見た。

山田一郎は打ちひしがれたかのように座り込んでいた。

「さてとどうする」

「へえ。なんのことでございやしょう」

源蔵は「できるものならあっしの手でふんじばりたかったが死んじまったんじゃしょうがねえ」と言い「本心から国を憂い新しい国造りをしてくれるのならあっしだって歓迎しまさあね」

そして「だんな、芋粥はおいしゅうござんしたぜ」と去っていった。

というところで幕は降りる。

 

ううむ。

すばらしい短編だと思う。

なんとなく日本のものというより西洋文学の佇まいを感じる。

幕は降りる、と書いたのは短い舞台劇のようにも思えたからだ。

作品の奥に幕末の動乱を感じることも深味を増しているのだろう。

 

が、

しかし私的には山田一郎と従者のBL関係が気になって気になって仕方ない。そこがこの作品を第一位にのしあげる。

横山作品キャラはあれもこれもBL関係を思わせるけれども個人的には本作『飛猿斬り』の山田一郎とその従者が最高ランクと記したい。

ラストシーン、山田が去っていく前で従者が源蔵の行く末を確かめるように見ているのだがこれは嫉妬ですな。

今まで山田一郎を憎んでいたはずの源蔵が惚れてしまったという顔で好意を持ったことを話し出すのを従者が食いつくかのような顔で睨みつけている。めっちゃ見てる!(ちょっとイケメンなんで腹が立つ。なんで源蔵ここまでハンサムなん)

山田一郎の顔が微笑んだのも従者くんとしては気になるところではないか。

源蔵~~~めっちゃ良い顔して見せるし山田一郎様がその後ろ姿を見送ってるう。

きー悔しいぃという従者くんの気持ち愛おしい。

きっちりいなくなったか確かめる従者くんであった。(二度と来んな)

山田様独り占めしたい従者くん。末永くお幸せに。

なんかせっかくのシリアス感想が台無しに。でも本心はこうなのです。

とにかく心惹かれる短編それが『飛猿斬り』である。

 

最後まで読んだ人の落胆酷かろうて。