
この顔見せたいよね。
ネタバレします。
明治38年、5月。
東京女子高等師範学校附属幼稚園の先生をしていた若き女性・足立タカは「迪宮様にも鶴の折り方をおしえてもらえないか」という誘い文句で昭和天皇が4歳で迪宮(みちのみや)の養育掛となる。
この養育掛と言う字が「よういくがかり」と読むと知る。
この足立タカさんは十年間皇子様たちの養育をして後鈴木貫太郎氏の後添いとなるのだが前にも書いたが本作で(今のところ)一番魅力的できりりとした美しさを持った女性として描かれている。
22歳の幼稚園の先生をどうして天皇の養育掛にしたのか、はわからない。
が、このすぐ後で皇后である実の母が次代の天皇になる長兄たる迪宮に冷たく接し次男の敦宮だけがお気に入りという現在なら毒親と称される人格で幼い迪宮がそんな風であっても母を恋しく思っているさまはさすがにいじらしい。
皇后は「迪宮は母の私よりタカのほうがお好きなようね」と言う人物なのだ。
父である大正天皇はそんな迪宮を憐れみながらも特に諫めたりはしていないようだ。
なぜなのだろう。
よけい悪くなった過去があるのかもしれない。
その経緯はわからないがタカという女性が母に嫌われた少年の心に少しでも安らぎとなったのなら良い。
ここで乃木希典氏が登場する。
なんだか存在そのものが時代を顕しているような人物だ。
登場するや明治天皇に「腹を切りたい」と嘆願し「ならんぞ」と言われ皇孫が通う学習院院長に任じられる。
「尊敬する人は誰か」という教師の問いかけに生徒たちがこぞって「今上天皇(明治天皇」と答えるなかで迪宮だけが「義経」(タカが教えてくれた)と答えたからなのか乃木はタカの見送りをやめさせる。
しかし最期に迪宮に渡した『中朝事實』の著者・山鹿素行は「殉死は不義なり」との信念を持たれていたようで、乃木の思考がよくわからない。
私は『坂の上の雲』を読んだ人間なのでこのように思うのかもしれない。
さて乃木に替わって登場するのが東郷平八郎。
ううむ、当たり前だろうけど有名人のカタログの如く。
東郷は「わしは乃木にがなれぬ」と言って東宮御学問所の総裁を断る。
しかし大正天皇から直々に呼び出され任じられてしまう。
東宮御学問所副総裁の浜尾新と幹事の小笠原長生は杉浦重剛氏を倫理・帝王学の教育掛に推挙。
この杉浦氏の講義の草案に反感を持つ。
それは「天皇にとって何より大切なのは仁愛。天皇ご自身が自らを犠牲にしてでも国民を大切に」と言う文言だった。
この文言を迪宮に聞かせまいと思った東郷だったが当日寝過ごして阻止できなかったwww
なおも杉浦に詰め寄る東郷に杉浦は「覇道は武力による政治。王道は仁による政治」と言い「日本の天皇はこの王道を征かねばならぬ。高徳の君主は王道の必須」とした。
この言葉が本作のテーマなのだろう。
大東亜戦争は昭和天皇によるものだとする考えを改めたいのが本作なのだろうと予測する。
大正3年。
迪宮はタカを呼ぶ。
迪宮は13歳。画像ではもうタカと同じくらいの身長になった。
迪宮はタカに「竹山」と彫ったハンコを見せる。迪宮手作りのハンコだという。自分の「お印」である若竹から思いついた苗字なのだという。
学友たちに「おはよう、竹山」と自分を呼ばすというのである。
かつて乃木は迪宮に「男子たるもの女子に向かってふりむくものではありませぬ」と厳しく言ったが迪宮は(覚えているかもしれないが)タカを振り向くのであった。
そして白鳥庫吉による神代の物語は神話であって歴史ではない、と進講され東郷は明治時代が遠ざかったことを感じていた。

この女性も非常に楽しんで描かれていると思う。