1972年「別冊少女コミック」8月号
昨日の「ポーの村」の続きです。
ネタバレします。
「グレンスミス魔の24ページ伝説」というのがあります。(今考えました)(というか多くの方が言われてますね)
まずは冒頭。
「だれにする?」
大きな建物を背景にしてのセリフ。
「それ これから決める」と続く。
これは最初がアランで次の答えがエドガーなのだと後にわかるがこの時点でアランは登場していないので読者はわかりようもない。
そしてこの会話が第3巻に収録される「小鳥の巣」での会話だというのもこの時点では誰も判らないのだ。作者以外は。
そこに「エド!」と話しかける少年がいる。周囲にも少年たちの姿。もちろん「小鳥の巣」での寄宿学校の中だ。
話しかけてきた少年は「きみの名、ポーツネルだったね。エドガー・ポーツネル」と続ける。その少年に「ルイス。窓際の席とっといてくれよ」と呼びかける黒髪の少年がいる。たぶんテオドールだろう。
後々にルイスはテオドールの家を訪ねていくがこの時すでにふたりの親しい関係が描かれているのだと思うと楽しい。
ルイスはテオに「わかった」と答えつつエドガーに問いかける。
「それでもしメリーベルって名の妹がいでもしたら、もっと話が面白くなるとこだ。先週ぼくのおばさんちでね、古い日記を」と長々続けるとそれを遮るようにエドガーは答える。
「…メリーベルって名の妹が」コマを割って「いたよ」
ここでエドガーの答えは「いたよ」と過去形になっているのだ。
シリーズとしても物語は始まったばかり。
前回の「ポーの村」でメリーベルは銃に撃たれた後全快したはずなのに。
いや「ポーの村」と「グレンスミスの日記」の間にはほぼ94年ほどの時間が経過している。94年も時間が経ってしまったのだ。
主人公のエドガーはまったく変わらない14歳の少年の姿をしながら一世紀近い時が経ってしまいその間に様々な変化はあるのだとこの「いたよ」で知らされてしまうのである。
そして扉絵が入り、まさに時が一気に過去へと戻る。
1899年グレンスミス・ロングバード男爵死去。クリスマスの朝。
「ポーの村」では20歳ほどの青年だったグレンスミスの側には末っ子の娘エリザベスが付き添い泣いている。
次の頁ではエリザベスが父グレンスミスの部屋を片付けている。兄がこの部屋を使いたいと言うことで父の残したものを整理していたのだ。
その中に古い日記があった。ロックを外して中を開くと「1865年」の記録がありそこに青春の日々の思い出がそして「バラの咲く村の話」が記されていた。
「7月13日やはり書いておこう」と言う前置きをして
「7日、仲間たちと狩りに出かけ霧に迷って茂みから飛び出した少女を誤って撃った」
グレンスミスはバラを育てて暮らしているポーの村と不死の一族が永遠の時を生き続けている人々、そして少年が彼の首から血を吸ったことを記していた。
やっと帰宅した後、その村を探したが見つからない・・・エリザベスは三十数年前に父が書いたページが何度も読み返されていたのを感じた。
ロマンチストな父様の創作なのか、夢なのか。
「誰に話しても信じてはくれまい。こうして書きつけておくだけにする」と書かれていた。
やがてエリザベスは屋外音楽場で知り合った音楽家のプロシア人男性と結婚する。
地位も財産もないこの男性の説明描写に恐れ入るのだ。
裕福で美しい若い女性が恋に落ちる様子をどんなふうに描けるだろうか。
ページの半分以下のスペースを細かく6コマに割りトニーと呼ばれる男がエリザベスに話しかけている。
髭のある人の良さそうな顔のトニー「それでみんなでいってやった。スタンドに足がはえて美人でも追っていちまったんだろって」
なんなんだこのセリフ。何も説明していないがトニーという男性の屈託なさが伝わってくるのだ。続いて
「好きじゃない。わたしはそんな音楽で生きられない」
またまた何を言ってるのかわからない。
しかし何かこの人は強い信念を持っているのだろう。
エリザベスがこれで参った気がする。
そして
「つかれてはいません。ただひとりなのでさみしいだけです」
文豪の言葉かな。
前のセリフで心をつかまれてしまったエリザベスにとって「さみしいだけです」なんて言われたら「ああ、この人の側にいてあげたい」と思ったわけですよ。
そして
「音・・・はいいです」「音はいいものです」
純粋な人だと強調。
一コマエリザベスの顔。トニーをじっと見つめている。
「結婚してください」
はい。堕ちた。
かくしてお嬢様であったエリザベスは家族親戚の反対を押し切りすべてを捨てて冬の北海を渡りイギリスからドイツへと渡った。グレンスミスの日記を鞄の奥につめて。
ベルリンの小さなアパートで三人の娘が生まれトニーはチェロを弾きエリザベスは幸福だった。
しかし戦争が始まる。
1914年。(マンガには記されてないが第一次世界大戦の勃発)
そしてトニーは強制徴用でキールへとひとり向かった。
エリザベスは「この人は帰ってこない」と直感する。
三人の娘を抱えてエリザベスの苦悩が続く。
1918年、ドイツは敗戦。
生活は苦しくみんなが貧しく、なにもかもが辛く悪い方に悪い方に転じて見えエリザベスはイギリスへ帰ろうか、と思う。
トニーは帰ってこなかった。
身内に頭を下げ旅費を送ってもらいもう一度北海を渡ろうか、と考えるエリザベスは橋の欄干から身をせり出していたのだろうか。娘のアンナが「ママ!」と抱き着く。
「飛び込むのかと思ったの。怖がらせないで」
ああ、花嫁となって海を渡り愛した人の祖国へ・・・
エリザベスの娘たちは働ける年になっていた。
からだを悪くして寝込んでしまったエリザベスに次女のユーリエは髪結いの店のお昼の僅かな時間に駆けて帰ってきて家のことをやってくれるのだった。
この子が一番トニーに似ているとエリザベスは思う。
そしてユーリエは細い声でグレンスミスの日記を読んでくれたのだ。
ユーリエは家中の悲しみ苦しみを全部せおったかのように十七の冬にとつぜん逝ってしまう。
なにもひとこともつらいといわないまま。
長女ジュリエッタは結婚し遠くの街へ越していった。
末娘アンナも17歳で結婚しエリザベスと共にブレーメンへ引っ越した。
少しずつ幸せが戻ってきたと感じる。
翌年長男ピエール、その後長女エレーナ、次女ベルタ、三女レラ、四女マルグリット誕生。しかしベルタは夭折。
1933年、ナチス政権を握る。
いつも人々は不幸よりもしあわせを貧しさよりも富を服従よりも支配を欲しーそして、ドイツはポーランドに攻め入りました。
末のマルグリッドが七つになった年に。
長男ピエールは「ぼくがいかなかったら誰がここを守るの」
一家は親戚がいるツェレへ引っ越しを考える。
引っ越しの準備に追われている時に末のマルグリッドが悪戯をしてエリザベスはグレンスミスの日記を手に取る。
話を聞いたマルグリッドはひいおじいさまがバンパネラだったのと驚くがエリザベスはそれを優しくたしなめた。
そして娘のユーリエが「ああ、ずっと一生そんなバラの咲く村で暮らせたら」とつぶやいていたのを思い出し涙ぐむ。
「生きていくのはとてもむずかしいからかなうことのない夢をみるんですよ」
村を探したグレンスミス、しあわせを追ったグレンスミス・・・
ここで時は冒頭の直前につながる。1959年。
マルグリッド・ヘッセンは24歳ほどだろうか。小説家になってパパと暮らしているという。ママとエリザベスおばあちゃんはとうにいず。
すぐ上の姉の息子ルイスがよく遊びにくるという。
ここでルイスは冒頭の「先週ぼくはおばさんちでね、古い日記を」になるのだ。
そしてまさしく冒頭の続き「…メリーベルって名の妹がいたよ」
になる。「でもずいぶんと前に死んじゃったけどね」と続けるのだ。
「で、面白い話って?」と問い返すエドガーにルイスは「うん、ぼくにマルグリットっておばさんがいて・・・」と言いかけはっとする。「冗談なんだ。君の妹に悪いや」と思い直すのだ。
ルイスの人間性の良さが伝わる。
そこに「エドガー」と声をかける金髪の少年がいた。
後にわかるアランである。
「じゃね」とルイスからアランの方へ走っていくエドガー。
・・・まさかね・・・
とふたりの後ろ姿を見送るルイス。
というのが24ページに描かれているのだ。
この文章もかなり端折っていて実はもっと細かい描写が丹念になされている。
だからといって読んでいて詰め込みすごだとか駆け足だとも感じずむしろゆったりと心理描写をしていくのである。
文章のみの説明というのも感じない。
いったいどうしてこういうことができるのか。
しかも途中に第一次と第二次世界大戦が組み込まれていく。
むしろその歴史的事実を利用しているからこそできるとも言えるしただでさえややこしいのに二つの大戦まで考慮せねばならぬのかとも言える。
さらに「ポーの村」の秘密を入れ込みながら戦争の苦しみの中で「そんな村で暮らせたら」と願う優しい少女がひっそりと死んでしまうことに涙があふれてくるのだ。
しかし萩尾望都の筆致は淡々とエドガーとアランの行く末に向かう。