ガエル記

散策

『ポーの一族』「エヴァンズの遺書」(1820年)萩尾望都

1975年「別冊少女コミック」1~2月号

ポーの一族』シリーズ第7作。前作「小鳥の巣」で終了するはずだった本シリーズの再開最初の作品です。

 

ネタバレします。

 

 

実は『ポーの一族』三部作が終わって以降が面白いのかもしれない。

エドガーを見たことがある」シリーズは『ポーの一族』第一弾「すきとおった銀の髪」から始まっている。

本作ではエドガーの青い目に夢中になってしまうヘンリー・エヴァンズ伯爵、と思いきや豈はからんやエドガーを目の敵にしまくったロジャーと傍観者ドクトル・ドドが「エドガー追跡者」となっていくのである。

 

この一作もとてもおもしろい。

常に自信に満ち堂々と立ち居ふるまうエドガーが馬車の事故で記憶喪失となってしまうのだ。

ヘンリー・エヴァンズ伯爵は事故死したと思われたエドガーの遺体を一時屋敷内に安置し葬式を出すつもりであったがヴァンパネラであるエドガーは夜中に蘇生する。

自ら歩いてヘンリーの部屋までたどり着いた少年の青い目を見てヘンリーは亡くした妻ヴィオリータを思い出した。

来訪客となっていたドクトル・ドドに助言を受けながらエドガーを親身になって介抱し始める。しかしエドガーは再び昏倒し目を覚ました時は記憶喪失だという事が判明した。

 

そんな折、放蕩している弟のロジャーが来訪する。いつもこの時期になると投資資金が底をつき兄ヘンリーに金の無心をしにやってくるのが習慣になっていたのだ。

ちょっとお人好しなヘンリーはそんな弟でも会いに来てくれるのを喜んでいたのだ。

 

だが、今回ヘンリーは突如舞い込んできた青い目の少年エドガーの世話に夢中になっていて弟ロジャーにかまけてはくれない。

その上奇妙な文書を取り出してきた。

祖父オズワルド・エヴァンズの遺書だった。

そこには

エドガーおよびメリーベルの名乗る者が現れた場合、エヴァンズ家の資産すべてを付与すべし」

と書かれていたのである。

これを聞いた弟ロジャーは憤慨し破ろうとするがヘンリーは穏やかに「効力はないのだよ」と答えたのだ。

 

これがタイトルの「エヴァンズの遺書」である。

ヘンリーと亡き妻の間には子がいなかった。ヘンリーは青い目のエドガーを養子にしたいと考えはじめる。

そこへヘンリーの甥と姪がメリーベルを連れて訪れるのだ。

エドガーとメリーベルエヴァンズの遺書に書かれた役者がそろったわけである。

 

ここからの心理劇がおもしろい。

一番の愉快なのは弟ロジャーである。

自堕落で小心者、なんとかして金をもらおうとだけ考えている彼にはエドガーが邪魔でならない。いっそこの機会に兄を亡き者にして自分が伯爵になりたいとも考える。

ヘンリーの甥アーネストはメリーベルに夢中である。ところがメリーベルは記憶喪失になったエドガーばかり見ていて気が気ではない。こちらもエドガーがいなくなればいいとばかり考えている。

しかしヘンリー伯爵はエドガーを養子にしてメリーベルをその妻にしようかという夢をひとり咲かせているのだ。

 

ロジャーのあちこちぶち殺す宣言が楽しい。

そしてそう言いながら結局記憶を取り戻し元の超人的悪魔的エドガーに襲われ兄を助けようとして落雷を浴びて結果兄ヘンリーもエドガーも殺せなかった。

 

その後、ヘンリーはエドガーをあきらめ自分を想い続けてくれたエレンに求婚する決意をする。

ロジャーはドクトル・ドドと共に「エヴァンズの遺書」の謎を解く探求に付き合いだすのだった。

 

とにかく萩尾望都氏はロジャーのような小悪党を描くのがうまい。

というか他の作家はあまりこうしたキャラを好んでは描かないものだろうが。

しかし物語というのは主人公、敵役、恋人役だけでなくこうした脇役をどれほど魅力的に描けるかにかかっている。作家の技量はここにある。

いわばエドガーの敵役として登場したロジャーがその信奉者になっていく。そのおもしろさである。