第四部までを総括する一巻となっています。
また幻想的な文学作品とも言えます。
ネタバレします。
夏目漱石の胃の痛みがますますひどくなる。
しかし雨が降り続く上に旅館は部屋の用意をしておらず漱石の気分はより沈鬱なものになっていく。
出された食事の刺身は食べず生卵二つを混ぜて三杯の飯をかき込む。
隣ではゴム長で儲けたという男たちが歌って騒ぐのがうるさく漱石は怒鳴りこむ。
ここでも漱石は伊集院警視が監視をよこしたと疑っている。
漱石の教え子である松根東洋城(豊次郎)がなにくれとなく世話を焼いた。
漱石の物語は次第に幻想的なものになっていく。
かつて飼っていた黒猫の幻影をみるようになるのだ。
そして漱石はついにい一升ほどの胆汁と胃液を吐いた。
折しも降り始めた雨は広域豪雨となり東京市内は浸水の状況となる。
漱石は東京に戻りたくても戻れなくなってしまう。
漱石の幻想が続く。これまで彼の人生に関わった多くの人の幻影を見る。
小雨となり森成鱗造医師が往診を受ける。
そして妻鏡子が到着した。
漱石はいっそう夢幻の中へとはいっていく。
かつて勤務した松山尋常中学に一同が会する。
そこに坐して漱石は縹渺として「さむしい」と感じた。
ここが明治という時代の故郷だと正岡子規が言うのである。
妻鏡子は帰京しようとする森成医師を言葉強く止めた。
その激しさに森成医師は慌てて病院に電話すると副院長までもが修善寺の旅館にやってきた。院長からの命令だった。
しかし鏡子が看病する目の間で漱石は激しく吐血した。
ふたりの医師が死にかけた漱石を蘇生しようととりかかる。
その間に漱石はまたも夢幻の中にいた。
石川啄木が訪ねてきたのだ。
長い夢幻となる。
漱石は啄木と連れ立って築地精養軒というホテルに入る。
そこでロンドンでの恩師クレイグと再会する。
クレイグ氏は漱石に階上レストランでご馳走してくれと頼みそこでワトソン博士とホームズが同性愛の関係だと言い出し「きみたちも同性愛か?」と問うのである。
さらに帝大講師の口を世話してくれと言い出した。
レストランの窓際には森鴎外と年を経たエリスが差し向いに座っていた。
鴎外はここでもエリスと別れる。
電車の中で山縣有朋と語らい漱石はかつて『三四郎』に記した言葉「日本はいつか滅びる」とつぶやく。
大正五年(1916年)十二月九日、午後七時少し前夏目漱石死去。
凛冽たり近代 なお生彩あり明治人
明治という時代がどんな時代だったのか、という思いで読んだ本作。
勿論これもまたその一面ではあるだろうけど様々の答えをもらえた読書だった。