ガエル記

散策

『陽だまりの樹』手塚治虫 七巻「大獄の章」

まさかここまで望んだとおりのものだとは思ってもいませんでした。

 

 

ネタバレします。

 

伊武谷万二郎は橋本佐内・西郷吉之助の名で送られてきた手紙に誘われ雨の中向かった屋敷で捕らえられてしまう。

その首謀者は井伊直弼の謀臣、長野主膳だったが万二郎は知らない。

万二郎は拷問を受けるが平助に助けられる。

家に戻った万二郎は母を山岡鉄舟の家に預け、平助と共に自宅にこもり自分を狙う敵が来るのを待った。

しかし訪ねてきたのは岡っ引きの伝吉という男だった。

ここからの展開がややこしいのだがとにもかくにも万二郎は再び捕らえられより酷い拷問を受けることになってしまう。

そしてこの牢で小浜藩梅田雲浜、橋本佐内などが投獄されていくのを見るのだ。

万二郎は奇妙な牢医師から「コロリ患者になることのみが助かる道なり」という手紙を受け取り、コロリになるという薬を飲まされげっそりと痩せてしまう。

生きたまま棺桶にいれられ外へ運び出され蓋を開けられた時、見えたのは良庵の顔だった。

良庵の策略で外へ出られたのだ。

 

まだよく呑み込めていない万二郎。

母を預けた山岡鉄舟の家が作戦本陣となって万二郎を救ったのである。

それには岡っ引きの伝吉と与力保谷が絶対シロだと保証し牢から出すにはこれしか方策がないというので良庵が堂玄医師に頼んだというわけだった。

伝吉の捜査はさらに続き井伊直弼大老が新しく小型の小判を鋳造させ浮いた金を懐にいれているという確信を得た。

しかし最高権力者の一人の罪を暴くには水戸様しかいないということになり伝吉が足で集めた証拠の記録を水戸藩御家老の安島様に届けるのが最適という答えになった。

無実の罪で拷問を受けた万二郎は自分で水戸藩へ駆け込むと言い放つ。

 

江戸ー水戸間はたった二泊三日の行程。

利根川を渡ると土浦、石岡、堅倉そしてすぐに水戸の城下だった。

万二郎は尊敬する藤田東湖先生の地元に立ち尊王攘夷の匂いが立ち込めているように感じる。

暗記した藤田東湖の言葉を唱えながら万二郎は歩く。

宿に泊まると寝しなに人の声を聴きその部屋に近づく。

そこでは数人の武士たちが暗殺計画を話し合っていた(いいのか、丸聞こえで)

その中に水戸藩士高橋多一郎と名乗る者もいて万二郎を怪しみながらも御家老に通してやってもいい、という次第になる。

翌日御家老宅を訪れた万二郎はここでも藤田東湖を暗誦し安島を感心させた。

話はとんとん拍子に進み万二郎は伝吉から預かった「井伊直弼小判改鋳の余剰金隠匿の証拠」記録を渡すことができた。

安島は大老弾劾への証拠として太鼓判を押した。

 

ほっとした万二郎は昨夜出会った水戸藩士高橋と酒を酌み交わす。

高橋は万二郎を同志に加わる気はござらんかと誘う。

恐怖政治を行う井伊大老天誅を加え夷狄、ハリス・ヒュースケンを襲うと断言した。

これを聞いた万二郎は突如反対を示す。

行き場を失った万二郎の前に平助が現れた。

平助は万二郎を山小屋へ連れて行き狩りをするが馴れぬ万二郎は怪我をしてひとり残される。

そこへ水戸藩士高橋がやってきて伝えた。

江戸屋敷に入った御家老安島様が突然検挙され持参していた井伊大老汚職証拠録は井伊大老の手に渡ってしまったのだ。

 

さてその年、十一月十五日の夜明け。

江戸は神田の相生町若林屋敷から火の手が上がる。激しい北西の風に乗って火はたちまち松永町佐久間町から東神田いったいに広がりお玉が池方面をなめつくそうとしているのを良庵たちは知らなかった。いや、知ってどうなるという状態ではなかったのである。

良庵の妻つねが初めての出産を迎えていたのだ。

だがつねの骨盤が小さく腹の子は成長し切って人並外れて大きい。手術をして赤子を取り出すしかないと良仙は息子に説明した。

手術を始めて間もなくお玉が池の種痘所が火の海に飲み込まれ諦めるしかないという知らせが入ったのだ。

その声を聴いてしまった良仙は茫然として手が動かなくなる。

良仙は「代わってくれ」と息子に言いわたし良庵も茫然としながら手術にかかった。

赤子はなんとか無事に取り出すことができ喜ぶ良庵を𠮟りつけながら良仙は後処置を施した。

 

翌朝焼き尽くされた火事の現場に立ち良仙は長年の夢が一夜にして消滅したことに気を落とした。

妻に先立たれ長年の成果を灰にしてしまった良仙は言い知れぬさみしさがあった。

 

安政六年(1859年)六月二日。東海道は神奈川の宿から外れた人気のない海べりの沼沢地に番所が出来見張り台が経ち新道が通りあっという間に寒村から貿易港へと変身した。

長崎や函館とならぶ国際貿易港、横浜が誕生したのだ。

 

お紺はこの横浜に新しい店を出していた。これからはここが繁盛すると考えお得意様の材木問屋の大旦那が資金を出してくれたのである。

良庵は訪れて歓迎を受ける。

が、そこにあの水戸浪士丑久保が現れ材木問屋の多磨屋を出せと脅した。

しかしお紺はそんな脅しに怯える女ではない。自分の尻に刺青されたお稲荷さんを見せ逆に丑久保を脅したのである。

臆した丑久保は逃げるように去っていく。

良庵がお紺を訪ねてきたのはお金持ちの客に種痘所設立の出資を願いたいためだった。

お紺は快く引き受ける。

 

果たして材木問屋多磨屋は良庵に「今から案内してほしい」と言い出す。

大喜びで良庵は多磨屋を案内するがその道中で丑久保の辻斬りにあってしまう。

毛唐どもにへつらい神奈川の居留地で暴利をむさぼり、蘭方医と組んで種痘所再建の献金をするなど許し難し天誅を加える、というのが丑久保の目的であった。

せっかく話のついた金づるを失い良庵は落胆する。

 

さてここで福沢諭吉が良庵宅を訪れる。

福沢の目的は英語を学ぶことだった。

これからはオランダ語ではなく英語の天下になるということらしい。

そし政府がアメリカへ初めての日本の軍艦を渡航させる際、自分もそれに乗りたいというのである。

アメリカへ行き世界をこの目で見てやる、というのが福沢諭吉であった。

 

おもしろいストーリーと歴史を丹ねんに織り交ぜていく。

この手腕がすごい。

日本近代史を読みたいと思ってあれこれ探したが結局本作品『陽だまりの樹』が一番良書のように思う。

ただしある程度の知識がなければさっぱりわからないはずではある。

かつて読んだ時はさっぱりわかってなかったから確かだ。

ある程度の知識を得てから読むとすごくわかりやすい作品なのだ、これ。