ガエル記

散策

『百億の昼と千億の夜』萩尾望都/原作:光瀬龍 第12・13章

シッタータ、すっかり俗世に戻っちゃったねえ

 


ネタバレします。

 

 

第12章「☆コンパートメント」

B・6号をつれたシッタータは個室のドアを開ける。

そこにはなにもなくホコリだけが積もっていた。

「なんてことはない。空室だ」とシッタータが口にした直後、その何もない空室の差し向かいの壁から奇妙な動物、牙のはえた牛のような犬のような不可思議な動物が現れ中央ですれ違うとまた壁の中に入っていった。

シッタータは慌ててドアを閉めるや「いまの見たか」とB・6号に問うが彼は「いいえ、なにか?」と答えただけだった。

隣の部屋を開けても何もない。同じような空室だった。

しかしシッタータの耳に変な音が聞こえだしたかと思うと目の前に海が広がり魚がはね船底が迫ってきた。

が、またもB・6号は何も聞こえず見えないという。

つぎの部屋ではモクモクと煙を上げる火山が。

どの部屋にもいるはずのA級市民はいない。シッタータはB・6号に「もどろう。何かの手違いだ」と怒ったがB・6号は更なる先のドアを指し示した

そのドアを通るとさらに無個性に並ぶ無数の「引き出し」をもつロッカー、建造物が存在した。

シッタータの前に現れたのは金属の触手を持つ円盤状のホイストだった。

「あなたがA級市民に会いたいという異星人か」

そしてシッタータの背後にいるB・6号を見つけて咎めたがシッタータが彼をA級市民に会わせてみたい、と言ったので「しょうがない」と答え「いまひとりここへ出す。自由に質問するがいい」

ホイストは無数の引き出しの中から一つを選びその中からさらに一つのカードを選び出して自分の中に投入した。

B・6号は青ざめている。

次の瞬間、大きな鳥かごのような物体が運ばれてきた。

鳥かごの扉が開くとそこには肥満体の年老いた男が鎮座している。

「A級市民か?」シッタータの問いに男は「ハァ・・・」という。再び同じように問うと「そのとおりです、神よ」と答えた。

シッタータは「私は神ではない」と告げさらに都市の反乱について問いかけたが男は「知らん」という。怒り口調になるシッタータに「昔、世界が破局に向かった時、われわれは都市を見捨てた」という。そして神にすがり恐怖や破滅の無い世界をもらったのだというのだ。

今われわれA級市民には永遠のやすらぎがある。神の加護のもと。

さらにA級市民の男はB級市民はロボットなのだと伝えた。

ホイストが現れ会見が終わったと告げると男を「スイミンソウ」へと戻した。

シッタータはホイストに問う。「スイミンソウとはなんだ?」

「個室だ。機構だ。あらゆる物理・化学変化から守り生命を原形質として維持し記録し必要があれば眠りから覚まして形象化する」

シッタータはさらに「ロッカーの中のカードはなんだ?さっきの男は本当に人間なのか」と叫ぶ。

シッタータはロッカーに走り寄りその引き出しを開け中のカードを取り出した。その途端、電流が流れ倒れたがその瞬間に映像を観た。天にそびえる都市の虚像だった。

 

ホイストは同意しゼン・ゼンへの来訪者に見せるために用いられる催眠効果だという。

来訪者は壮大な都市を歩き回り市民と語り合い再び旅立つのだという。

シッタータはパンチカードを叩きつけ「虚像の世界だ」と怒鳴った。

ホイストは静かに「どこも似たり寄ったりだ」という。「おまえの星も幻想ではないと言い切れるか。すべてが集団幻想による仮構の世界にあるとしたら、それを確認する手段はなかろう」

「そんなことを言ってたら不可知論になってしまう」

「不可知?不可知というからには前提としている認識はどこにある?」

「おまえは何者だ」

「私は神だ。市民はわたしのことをゼン・ゼンの神と呼んだ」

ホイストがそういうのをシッタータは失笑したがホイストは「神の姿は定まってはいない。時には大いなる慈悲と恩寵を。時には最新工作機械、また飼育器。また経済機構にも変貌する」

ここでB・6号が悲痛な問いかけをする「なぜB級市民はロボットというだけで神の加護を受けられない」

シッタータはB・6号に「来い」と叫んで走りだした。「真相を確かめてやる」

 

第13章「☆ユダの目覚め」

B・6号と伴いシッタータが降り立った場所には共同墓地のように個室が並んでいた。

B・6号は「神の領域だ。戻りましょう」と呼びかけたがシッタータはかまわずその扉の一つを破壊して入った。

そこにはA級市民の男がいたがドアを開けたショックで死んでしまった。

と、いきなりB・6号がシッタータをつかんで鍋飛ばしさらに中の男を放り出して中に座り込み「オレノダ」と叫んだ。

が、以前の住人に夢を見させていた物体にしがみつくと彼は音を発して燃え尽きてしまったのだ。

「ロボットに夢はみられない」どこからかシッタータに話しかける声がする「この結果を引き起こしたのはおまえだぞ」

市民の一人が死に、その苦痛は全体に拡大された。

ここでは一人がまた全体なのだ。

彼らは苦しみ怒りお前を憎んでいる。

 

共有・群生!

シッタータはその場から逃げ出した。

行きついたのはゼン・ゼン・シティーの首相の部屋だった。

「ゼン・ゼンの神の怒りをかったな」

ここでは市民は単なる記号に還元され保護される。自然環境の悪化に対抗し適応するために。

この地下都市では神が破壊から市民を守ってくれるのだ。

シッタータは阿修羅とオリオナエを探して出て行くと告げるがふたりはそこに捕らわれていた。

首相は「ここを出ても衰退していく宇宙で心の平安は得られまい。あなたがたにも個室をあげよう」と言い出した。

シッタータは「待て首相。おまえも〝シ”の一味か。ナザレのイエスの仲間か」と叫んだ。

ナザレのイエス

その言葉を聞いた途端、首相の様子が一変した。

彼の手がスイッチにふれシッタータを捕らえようとしていたもの、そしてオリオナエと阿修羅を捕らえていた装置が破壊された。

ゼン・ゼンの神が叫び出す。が、首相はすべてを思い出した。

「私には使命があった。なのにゼン・ゼンの神に支配され群生の従僕となりさがっていたのだ」

阿修羅の手が首相のかぶるマスクを打ち砕いた。

「おまえは?」

「わたしはイスカリオテのユダ。わたしは〝信号”」

そしてユダは三人を追い立てた。

彼は都市の機能中枢を破壊したのだ。

そして走路へと急がせた。

「特別走路のナンバーワンへ」

 

「ユダは言う。「アスタータ50惑星開発委員会が最終目的地、その入り口を示すのが私の役割だ」

「入口とは」

「この宇宙に初めて神が姿を現した場所、末法の世と来世の預言を説いた場所ー兜率天バツ・シティー

 

このゼン・ゼン・シティーに未来予想図の一つが現わされているわけだ。

完全に安全な未来都市というのは「すでに人間が生きているとは言えない状態」になることだという。

いやそうはならんやろ、と言いたいがそうなりそうな予感もして怖い。

実際バーチャルの世界は着実に進みつつある。

美しい世界だけを見ていたい、という人間の欲望はとどまらない。

自分もまた理想化されたそれでありたいと願う。

その欲望願望を抑えることはできないのだ。