「ASUKA」1989年8月号~1991年5月号
初読みです。
これはまた不可思議なSFを。
以前の『モザイク・ラセン』を思わせます。
異世界と音楽と共鳴というものが萩尾ファンタジーの基盤でしょうか。
ネタバレします。
冒頭に家族との確執が描かれますが、それはごく上面部分のみで後はもうほとんど出てこないのはよかった。
いやいやそれより冒頭で語りて的な主人公と思われた十里くんがすっかり出てこなくなってしまうのが謎すぎる。
これはあまり構成を考えずに描き出した、というやつなのかな。それともそういう風にあえて描いたのか。
しかし読んでいくとそんなことはもうどうでもいいとのめり込んでいく。
アベルが全裸で海から出てきて記憶喪失のまま保護されて・・・というあたりを見て「これは横山光輝『マーズ』的な話なのか」と思いながら読み進めていた。
アリアドがラーの人みたいなのかなと思いながら読んでいた。
しかしさすがにそこは萩尾望都なので横山光輝的なバトルものにはならず幻想的な音楽の話になっていく。
しかし海の中からおそろしい「赤いヒトデ」が出てくるのも横山光輝の『夜光島魔人』ほかの作品にも登場する「アカエイ」と重なる。
「コロシテヤル」の発砲アベルは伊賀野さんのようだし。
宇宙船が日本の山中に着陸するというのも『バビル2世』『魔界衆』『ダイモス』などと呼応する。
そして本作が萩尾望都には珍しく日本舞台なのもその辺が関わっているのではないかと思ったり。
アベルとアリアドが楽器とその奏者であるという関係も興味深い。
というかアベルを楽器だという発想が美しいではないか。
その楽器くんが容姿は美しいけど中身がぐちゃぐちゃでおもしろい。
最初は完璧な優等生、記憶喪失してなにもわからないパープーとなりさらには保健室の先生を殺そうとするような影の面がありつつもアリアドと言い争う気質もありとなかなか複雑である。
ストーリーがかなり分裂気味ではありながらマンガの特色を表しているようでもあり楽しみながら描かれていったのではなかろうか。
アベルとアリアドがダリダンのレクイエムを捧げるラストシーン。
異世界とをつなぐイメージが鳥居なのだ。
確かに並ぶ鳥居はあの世とこの世の扉そして道標のようだ。
この場面、言っても仕方ないがアニメで観たいし聞きたいではないか。
この再読イベントを始めなければ本作を読む機会を失っていたかもしれない。
また一つ私の中の萩尾世界が構築された。