ガエル記

散策

『ローマへの道』萩尾望都

1990年「プチフラワー」1・3・5・7・9月号

この作品がとても好きで読み返してしまいます。

かなり苦い味わいではあるのですが。

 

 

ネタバレします。

 

主人公のマリオ・キリコは憧れのバレエ団ドミ・ド・リールに入団する。

上昇志向の高いマリオは周囲のダンサーたちが皆劣っているように思え自分こそスターになれると意気込むがドミ・ド・リールが選ぶのは自分ではなかった。

 

マリオの葛藤が細やかに描かれていく。

自分が一番うまいはずなのに何故選ばれないのか。

マリオは養父母に育てられたがそのことに悩みはなかった。

だが養母が死んだことで実の母の話を聞く。実母が夫(マリオの実父)を殴り殺して7年間服役し今も生きていることを知るのだ。

そして養父母の長女ユーナからどれほどマリオのために辛い気持ちを我慢してきたかを打ち明けられる。

そんな中でマリオは恋人になったラエラが才能を認められて活躍し下手としか思えないディディがドミのお気に入りになっていくのを見て苛立っていく。

自分にはモブの鬼の役しか与えられない。

 

マリオの勝気が空回りしていくのは見ていて面白いがラエラへの愛情が次第に嫉妬そして狂気に変わっていく様が恐ろしい。

何度も八つ当たりするマリオにラエラはしばらく離れたいというのだがその言葉にかっとなったマリオはラエラの首を絞めて殺そうとするのだ。

 

ぐったりとなったラエラを見てマリオは逃げ出し自分も死のうとしてレヴィに助けられる。

ふたりで部屋へ戻るとラエラは生きていた。

そして謝るマリオに「あなたは愛を教えられなかった。だからあなたにはわたしの愛が見えないのよ」と言って泣く。

 

よく聞く「暴力をふるう男」と受ける女の話を再現しているかのように思えこんな風なのだろうとぞっとする思いで読む。

 

ひとりきりになったマリオはローマに住んでいるという実母アンナに会いにいく。

母は老人ホームで働いていた。

マリオは自分の人生を狂わせたという怒りを母にぶつけるつもりでいた。

しかし母が父を殴り殺したのは4歳だったマリオを守るためだったことを聞きそしてその母がもう会いたくないし私は死んだと思っててくれと言われ「一度知ったものをないことにはできない。また僕を捨てるのか」と言って抱きつく。

アンナは大きくなったマリオを抱きしめた。

 

マリオがバレエ団に戻るとラエラは待っていた。

レヴィはマリオが治療のためとして休み届を出してくれていた。

公演でマリオはモブの鬼を踊り終える。

ド・リールからは「良かった」と言われレヴィからは「美しかった」と言われマリオは茫然とする。

これまで「上手い」とは言われても「美しい」と言われたことはなかったのだ。

 

マリオはラエラと創作バレエを踊りド・リールに見せる。

ピエタ」キリストを抱く聖母の踊りはド・リールに認められ公演で披露することになる。

以前はいつも癇に障っていたディディやシルビアの誉め言葉が今はとても嬉しく感じるのだ。

「ぼくはいつ愛を覚えたんだろう。

きっとあの母の住むローマへと至る道の

光と影の中で」

 

これまで母の愛で主人公が成長するという物語を描いてなかった萩尾望都の渾身の一作なのかもしれない。

ラエラではなく母アンナに愛されたことでマリオは愛を知ったのだ。

懸命に母の愛を描いたというぎこちなささえ感じるのにやはり私は泣いてしまう。

母に違和感を覚える萩尾作品にも感動するが母の愛を謳う物語も心に響く。

 

マンマミーアの国イタリアに母がいるという設定もラエラと「ピエタ」を踊るという演出も作品にぴたりと合っている。

私が持っている本ですでに6刷になっている。

皆の心にも届くのだろう。