「その4」じゃなくて4巻で良さそうだけど実は少しずつずれているのでそのままで行きます。
ネタバレします。
ついに4巻。
この4巻から主人公ジェルミは生きているグレッグに襲われることはなくなるが代わりに亡霊グレッグに苦しめられていく。
そしてイアンはこれまでの何も考えていないハンサムくんから深く考え怒り怖れ戸惑い悲しみ泣き苦しむ青年へと変貌していく。
最初は何故ジェルミの苦悩のパートナーにグレッグに生き写しと言えるイアンにしたのか、例えばマットではなくなぜイアンなのか、他の誰かでもなく、と思ったのだが本作のテーマとしてその相手はイアンでなくてはならないのだと気づく。
イアンはその容姿(長身で美貌)にしてもその有能さ、人当たりの良さ、そして強く男らしい性格も体格も父親譲りである。
たぶんこの事件がなければ彼もまたグレッグと同じような人生を歩んでいたのではないだろうか。
例えば『メッシュ』に登場するルシアンがそうだ。彼もまた尊大な父親の人格を譲り受けた男だがイアンと違いもっと幼少期に父の正体を知ってしまう。
ルシアンもまた深く考え変化し成長する機会があったのなら、と思う。
そして家父長的男性を繰り返し描いてきた山岸凉子氏の理想的男性像もほぼ同じ造形である。
『天人唐草』においてはイアンにあたる子供が娘だったために展開の方向性は違っていくが結局は尊敬する父親の本性を見て精神が破壊される。(むしろ彼女は本作のマット的存在である)
その意味でもここから本作は明確にジェルミとイアンのふたり主人公となっていく。
特に4巻からしばらくはイアンの方により重点が置かれていく。
4巻の冒頭。
ジェルミがグレッグの新車シルバー・ピューマになんらかの細工をしたことが暗示的に描かれる。
夜中にジェルミが外へ出て雨に濡れたのをイアンが見てしまう。そしてジェルミが油のしみがついた布切れを落としたのを拾い上げて捨てる。
次の朝早くグレッグがその車に乗って出かけようとするのをサンドラが見つけ珍しく積極的に「話があるのに」とその車に乗り込んでしまう。
この時のサンドラを見ると「もしかしたらこのまま進んでいたらサンドラの生き方も変わっていたのでは」とちらりと考えてしまう。
しかしそれはもうどうにもわからないことだ。
なぜならふたり、サンドラとグレッグはそのまま帰らぬ人、グレッグは生き延びてはいたが重体ですぐに死亡、となってしまうからだ。
すぐに事故の知らせが届き、その時ジェルミはサンドラの行動を知らないので思わず微笑んでしまう。
イアンはその笑みを見つけてしまうのだ。
だが直後にサンドラも同乗しており即死したと知らされジェルミは倒れる。
ここで物語の冒頭に描かれたサンドラの葬式場面に戻る。
思いがけない母サンドラの死に打ちのめされたジェルミが「あいつが死ぬはずだったのに」とつぶやいてしまい、それを聞いたイアンが「この人殺し」と感じる場面である。
イアンはそれまで考えていなかった気づきもしなかったジェルミの言動を逐一考えていくこととなる。
イアンは突然家庭に入ってきたサンドラ・ジェルミ母子を完全にではなくても快く受け入れようとしてきた。
リン・フォレストの後継者、ローランド家の長男としてできる限り紳士的に新しい母と弟に接してきたのだ。その観察では父は新しい家族、サンドラにはメロメロで屋敷中のカーテンを紺色から彼女のイメージであるサーモンピンクに変え溢れるようなプレゼントをしてご機嫌を取っていると映り、気難しい新しい息子にも誠心誠意気遣っていた、と見えジェルミも父の好意によって打ち解けていっていた、と見えていたのである。
それが突然疑惑へと変わる。
ジェルミは何故か父グレッグに殺意を持って新車に細工をして事故を引き起こした。
何故?何故なのか?
イアンは最も心許せる相手ナターシャに相談する。
「ジェルミが父の車に細工をして事故を起こさせた」と。
しかしグレッグがジェルミにどんな酷いことをしていたかを知っていたナターシャはイアンの推測に「それは妄想よ。あんな良い子がそんなことはできない」と否定する。
ナターシャにはグレッグの秘密は言えない。それを言ってしまえば自分自身もグレッグに「されてきた過去」を暴露してしまうことになるからだ。
イアンの捜査が始まる。
「ジェルミが犯人だ」という疑念は周囲の人たちにことごとく否定される。
イアンが父を思うあまりに抱いてしまったのだと。
ここでひとり登場人物が加わる。
保険会社の調査員リンドン・エドリンだ。
イアンは彼と共に事故現場へ行きグレッグのライターを見つけ「父の遺言だ」と豪語する。
イアンはリンドンにも「ジェルミが車に細工した。必ず自白させる」と告げるが保険会社調査員のリンドンですら「自白の強要は拷問ですよ」とくぎを刺す。
イアンのことばもあって学校ではジェルミは孤立する。
しかも眠ろうとするとグレッグやサンドラの夢を見て悲鳴をあげる。
イアンもまた学校でジェルミの正体を探ろうとする。
だがジェルミとかかわった者は皆彼が不安そうで助けたかったと擁護する。
イアンはジェルミが薬物中毒者ではないかと考え腕に注射痕を見つけようと無理強いするが見つけたのは打ち身の痕だけだった。
イアンに自白を迫られている間にジェルミは告白してしまいそうになる自分に怯え密かにイアンを殺そうと計画する。
イアンはパンジーに会ってジェルミにはSMの恋人がいると聞きだし、ジェルミをボート小屋に呼んで確かめようと計画する。
ふたりの考えが一致した。
ジェルミはすでにリン・フォレストを離れアメリカボストンに帰ると決意していた。
その前に今夜ボート小屋へ行ってイアンを殺してしまうのだ。
ジェルミは無茶なイアン殺害計画を立てる。
絶対に成功しそうもない(相手が強すぎる)計画でジェルミはサンドラが使っていた睡眠薬を飲ませればと気づきサンドラの部屋へ行き鏡台を探す。
引き出しの奥にジェルミのガールフレンド、ビビからの手紙が入っていた。
封が切られて手紙にはかつてジェルミが「二度男の人とホテルに行った」ことが書かれてそれでも愛していると記されていた。
サンドラはビビの手紙をジェルミに渡さず隠し持っていたのだ。
さらにジェルミはサンドラの日記を見つける。
そこにはグレッグの美人秘書デビーへの嫉妬とジェルミが男とセックスしていたと気づいて何かの疑惑を持っていたことが書かれていた。
「サンドラは知っていた」
とジェルミは察した。
「知っていて助けてくれなかった」
のだと。
冷たい風雨の夜となった。
ジェルミは持っていこうと計画した熱いコーヒーの水筒も睡眠薬も忘れサンドラが隠していたビビの手紙と日記だけを持って約束のボート小屋へと向かった。
約束の時間はとうに過ぎ、イアンはやってきたジェルミをつかむ。
いきおいで持っていた手紙と日記を取り落としジェルミは告げた。
「あいつとセックスしたくなかった。だから殺したんだ」
イアンの手の力が抜け、ジェルミはするりと抜け出して再び外へと出て行く。
隠れていたリンドンは「イアン。ジェルミを追うんです」と叫ぶ。
外に出るとすでにその姿はなかった。
ボート小屋、といえばどうしても『モーリス』と重ねてしまう。
前にも出した『レベッカ』にも登場する。
本作ではそこでイアンはジェルミと自分の父親の秘密を知ることとなる。