ガエル記

散策

『残酷な神が支配する』萩尾望都 その5

さて我々はイアンの苦しみ悲しみを見ていくことになります。

その父親と同じように尊大で美貌で有能で彼自身揺るぎない自信を持っている彼が「おまえは何も知らない馬鹿な人間にすぎない」と打ちのめされるのです。

 

ネタバレします。

 

告白すると約束したボート小屋に来て「もうグレッグとはセックスしたくなかった。だから殺したんだ」と告げてすぐに風雨の夜出て行ったジェルミをイアンとリンドンは追いかけるが姿が見えない。

ふたりはボート小屋周囲の水面を探し回る。

ジェルミの服を見つけたイアンは飛び込みジェルミを抱えあげた。

リンドンはふたりをすぐに小屋のなかへと運び入れる。

 

イアンとリンドンは手早くジェルミの服を脱がせ温めた。

イアン自身も熱いシャワーを浴びて着替えた。

電灯が消えた。

蝋燭と携帯ライトの灯でイアンとリンドンはジェルミが持ってきたサンドラの日記を読む。

日常の記録のなかに「マットがジェルミとグレッグができてる。キスしていた、と言う。いやな子だ」との記述があった。

これはイアンも居合わせた事実である。

イアンはマットの虚言癖だと答えたがリンドンはその文はさっきのジェルミの告白と一致すると告げる。

リンドンが日記の説明をするほどイアンは苛立ち「あんたのゲイの友人の中にぼくの父を入れるな」と叫ぶ。

その時ジェルミがゆっくりと身体を起こした。

その背中には鞭の痕が生々しく残っていた。

誰に打たれたのかと問うと嫌がりながらもジェルミは「グレッグだ」と答えた。

イアンは激怒する。

「死者を冒涜する気か」

これをリンドンが冷静に押しとどめ「彼の話をききましょう。あなたが聞きたがっていた告白ですよ」という。

この場面をジェルミとイアンのふたりだけにしなかった演出の凄さ。

ふたりだけならイアンはまったくジェルミの告白を聞かなかっただろう。

リンドンの目があることでイアンは渋々ながらもジェルミの告白を続けさせることとなる。

ジェルミは週末ごとにグレッグから鞭打たれセックスを強要され続けていたのだと話す。

話すごとにイアンは疑問を挟むがジェルミの告白は留まらず続いた。

ついに耐え切れずグレッグを殺そうと車に細工をしたが母まで巻き込むとは思っていなかった。

そしてジェルミはイアンを殺そうと思ったのだが自分自身が水に飛び込んでしまったのだ。

ジェルミはもうどうでもよくなってしまっていた。サンドラは知っていた。

サンドラが知っていたとジェルミにわかっていたらグレッグを殺すこともなく逃げ出してしまえたのだ。

 

告白を聞いていたイアンは母親が夫と自分の息子の関係を知って何も言わないわけがないと罵る。

しかしジェルミは「もういいんだ。誰に知られても。サンドラは知っていたんだ」と泣く。もういい、どうなっても。これで終わりだよ、僕の告白は」と答えたのだった。

 

告白し終えたジェルミは泥のように眠る。

逆にイアンは眠れなくなるのだ。

 

今まで何にも臆しなかったイアン。

巨体の男とのボクシングにも負けなかったイアン。

なにもかも自分にできないことはないと思っていただろう高い自尊心を持つ彼が「自分は何も知らずのうのうと過ごしていたマヌケな男だ」という事実に打ちのめされてしまう。

尊敬していた父の醜聞。

その相手という義弟ジェルミの言葉がまだ信じられずイアンはここから「すべてはジェルミの思い込みではないのか」という捜索を始めるのだ。

イアンはジェルミをともなって彼のカウンセラーとなったオーソン氏の家を訪ねるがそこにはもう誰もおらずグレッグから逃げろと言ってくれたディジーの売春宿は火事ですっかりなくなって彼女も外国へ行ったというのだ。

イアンがどんなに探しても家の中にジェルミが言ったグレッグの使った鞭や写真やお面は見つからない。

イアンはリンドンに会って告げる「ジェルミの告白はなかったんじゃないだろうか」

「では何故ジェルミはローランド氏を殺したのですか」

「だから・・・殺してないんだ」

つまりジェルミが父を殺したと叫んでリンドンに捜査を依頼したのにイアンは「なにもなかったんだ」という結論を導き出したのである。

リンドンは「私はジェルミの告白は真実だったと思っています」と言い「人は信じたくないものを信じようとしない見ようとしない否定する能力があります」と話す。

しかしイアンは自分は見て見ぬふりなどしていない、と言い「ジェルミを殺人者にしたくない」と言い出す。そして「ジェルミは母親を愛するがゆえに、死なせてしまった罪悪感からあの話を作り出した」と結論する。

ほんの少し前に「父を殺したジェルミをなんとしても自白させる」と息巻いていた男が「父親が少年を拷問しレイプしていた」という事実に逆走し「ジェルミを人殺しにはしたくない」と言い出す。

優秀な頭脳を持つはずのイアンの回路がおかしくなっていく。

 

イアンは自問自答しこの考えは間違いないとしてジェルミに会う。

そしてジェルミに対し「おれがおまえを追い詰めたせいであんな自白をさせてしまった」と謝るのだ。

イアンの変化にジェルミは驚く。

イアンはジェルミの告白は自分の脅迫によって作り出された想像だ、という。

ジェルミは「あんた、どんな真実を知りたいわけ」と泣く。

ふたりの言い合いは過熱しイアンはジェルミを同性愛者だと言って罵倒しジェルミは「出て行け」と叫んだ。

殺しておけばよかった。

真実を話したジェルミはイアンを激しく憎んだ。

 

イアンは学校へ戻りその間にジェルミはアメリカへ戻っていった。

イアンは送るべき日常生活を過ごしていった。

友人との会話で中世史に興味を持ったことを思い出しグレッグの書斎で大きな中世史の辞典を引っ張り出して懐かしむ。

座り込んで読むうちにそこに隠し戸棚があることに気づく。中に二つのカバンが入っていた。

一つはシャロンのカバン、そしてもうひとつはロックがされていたが誕生日の数で開いた。

その中にはジェルミが言った紫色のベルトとロープ、そしてペディキュア、木製のイースターエッグが入っていたのだ。

さらに鞭打たれた女性の背中。ナターシャだった。

そしてフィルムが入ったままのカメラがあった。

 

イアンは写真が趣味だと言っていたリンドンにフィルムの現像を頼む。

次の日出来上がった22枚の写真には鞭うたれたジェルミの裸が写っていたのである。

イアンは否定する。

しかしグレッグのカバンの中の写真にははっきりとジェルミの鞭打たれた裸があったのだ。

「サンドラは知っていたのか」

「知っていても知らないでいるふりはできるんですよ」

「そんなことできるわけがない」

「気のせいだ、そんなはずはない、とずっと思っていればできるんですよ」

「それはぼくのことか」

 

ジェルミと話をしなければならない、と考えたイアンは行動する。

アメリカにいるジェルミに連絡しようとするが留守だと言われる。

イアンはマットとも会話する。

マットはジェルミがパパを殺したのは当然だと言う。

イアンはナターシャにも過去の出来事を話す。そして「あなたは話すべきだった」と言い「なにも気づかずにいたぼくが一番許せない」

シャロンに会いジェルミの言葉が本当だったと知る。

写真の日付を見ながら自分の記憶をたどり過去の出来事とジェルミの苦悩がどのような重なっていったかを確かめる。

イアンは森を彷徨い歩き泣いた。

 

何もかも知らなかった自分を悲しんだ。

 

 

アメリカに渡ったジェルミは引き取り人となったカレンの家でひと悶着起こし精神科に入院したものの仮退院したすきに行方不明となっていたのだ。

ジェルミは昔の知り合いだったキャスと再会し男娼となっていた。

キャスが拾ったボンボンというかわいそうな孤児を養いながらふたりは小金を稼いで暮らしていた。

人情味のあるマーカス先生に目をかけられるが誘われた学校で性暴力に会いジェルミは今までやらなかった麻薬に手を出そうとする。

 

その時ジェルミの部屋に入ってきたのがイアンだった。