萩尾望都の後期作品の一筋縄ではいかない感じがたまらない。
いったいどうしてこんな話がどこから生まれてくるのと頭をひねくり回してしまうのです。
そして今回気がついたけど本作はわりと目の描き方があっさりしているのですよ。
私は実を言うと萩尾氏の描く目がきつく感じてしまうので目が軽い本作は必然的に好きなのだ、と今更認識しました。
ネタバレします。
[その3:公園で剣舞を舞ってはならない]
もうね、キャラクターがひとりひとり魅力ありすぎでワクワクしてしまうんんだよなあ。
少年らしい繊細さと過激さを持つキリヤ、対照的におっとりとしているがおどおどしている渡会時夫と言う父子をはじめ、なんとなくエキセントリックな風味のある明美さんも気になってしまうではないか。
映画マンガ小説、何によらず様々なキャラクターが登場する場合、主役級以外のキャラは次第にモブ化してしまうものだが萩尾マンガ特に本作は登場人物ひとりひとりに個性と人生があると思える。ある意味疲れさせられてしまうのだがその分読みごたえもあり何度読んでも面白く感じるのだ。
キリヤが神経質なキリキリとした(そういう意味でも命名か)性格の半面、お神楽を舞う、という特殊な技能を持っているのにも惹かれてしまう。
上にあげたエピソードの表紙絵は時代物でなければ描けない衣装だがお神楽を舞う、という特技をして描くことができる。
ケンカの際に際立った戦闘能力を持つのもかっこいい。
一方、渡会時夫はこの人も少しねじが緩いというのか不思議風味のある人だ。しかしここで渡会が初めて会った十条の大奥様・菜々実は特別にエキセントリックなのだった。
80代女性だが若々しい容姿の菜々実。
その娘が茶菜でその娘があの青羽である。
つまり菜々実は青羽の祖母になる。
おばあちゃんは孫が可愛くて仕方ないというのが定番だが菜々実の場合は娘の茶菜を心底愛しているかわりにか、孫娘青羽を「父と母の心臓を食べてまるまると眠り込んでいる。まるで悪魔」と罵るのである。「あの子は死ぬまで眠ってればいい」と言い切るのだ。
キリヤに近寄りたがる少女ライカ。
美少女だが気が強くキリヤにいろいろな理由で嫌われている、というのもおかしい。
「オレ、体温が高い女ダメなの」とキリヤに言われてしまうのには吹く。確かに青羽は体温が低い。
キリヤはライカをふり、突如現れた父・時夫と約束の食事に行く。
こういうのも少年期の冷たさだなあ。
キリヤは明美さんのおじいさんあら御神楽を教えてもらっていたのだが「破門された」と言う。理由は「大黒先生を殺そうとしたから」だった。
なんと大黒先生真ん丸なのにすごく強い人だったのだ。
かっけー。
渡会は「遠軽に行く前、やめたら、っていったのはどうして?」と問う。
「邪悪だから」
渡会はキリヤが特別な能力があると感じる。
そしてノートPCであの幻の島の画像を見せた。
するとキリヤは「これ、オレが創った島だ」というのだ。
その名を『バルバラ』といった。
〔その4:彼の名は絶望 彼女の名は希望]
渡会は浦安にいる大黒先生に会う。
そこで火星の映像を観ながら30年前にエズラ博士が発表したという学説の一つ「火星のマリネリス峡谷で人類は火星人と出会うだろう」を聞かされる。
そのエズラ・ストラディとは十条の大奥様菜々実の元夫なのだ。
エズラ博士は予言の学説以後行方不明となった。
渡会は3年前にキリヤが大黒先生を襲ったことを謝る。
大黒先生は「きみはいずれキリヤに殺されるよ」と言い出す。
ここで渡会は大黒先生からこれまでの明美さんとキリヤの心理と状況を伝えられる。
明美さんは渡会との離婚後大病して長くないと言われる。
慌てて帰国した渡会が見たのは中一になって大きくなったキリヤと病床で動けない明美さんだった。
大黒先生は前世療法といって心に残っているわだかまりの原因を探った。
そこで前世の恋人だったという世羅ヨハネが現れ明美さんは劇的に回復していったのだ。
しかし渡会は明美さんの回復を見て再び去ったのだ。
そして息子キリヤも絶望を抱えていたのだという。
翌日渡会は百田と共にカウンセラーの目白秀吉と会う。
ここで目白氏は青羽が苦しんだアレルギーのせいで茶菜さんが苦しんだという話をする。
自分の勝手な見解だが、この時「地下に完全密閉のピアノ室を作って青羽ちゃんを寝起きさせました」と言うのが気になる。
私の大雑把な思想だが「アレルギーはど田舎に行ったら治癒するのではないか」という考えを持っている。
地方都市ではなくド田舎で。
今まで「アレルギーの子供がいて治らず苦しんでいる」と言う話でド田舎の症例を聞いたことがない。
というか「なにをやっても治らない」という療法で「ド田舎に引っ越した」というのを聞いたことがない。
本作でも「青羽ちゃんには今アレルギーは何一つないんですよ」というのだが北海道遠軽に引っ越してる。
(というか移動させられてる)
事件が起きる前に遠軽に引っ越せてれば?
茶菜さんが青羽を地下室に閉じ込めるのではなく外国でもいいから大自然(大好きな川のある)の場所に引っ越していればどうなったのか?と思わずにはいられない。
しかしそれではこの作品が生まれない。
青羽ちゃん。
というか。
萩尾先生はちゃんと描いているのだ。
『バルバラ』では地下室などではなく広々とした世界で青羽はマーちゃんのパンケーキを(一番アレルギーが出そうだ、小麦粉、卵、牛乳のかたまり)ぱくぱく食べながら元気に育っていくのだから。ヤギの乳を飲みながら。
そして目白博士は渡会に貴重な助言をするのだ。
「青羽ちゃんを目覚めさせるには渡会がバルバラに行ってそこにいる青羽ちゃんを不幸にする」
あのユートピアを壊してしまえば彼女は目覚めますよ、と言うのである。
なんという恐ろしい助言だろう。
確かにあの夢はこれ以上ないくらい幸福な夢なのだ。
そして現実の青羽を目覚めさせるにはそれしかないように思える。
しかしそれは「登校拒否をさせないために家庭でその子をいじめてください」という助言と同じではないか。
家庭に居場所がなくなれば学校へ逃げてきます、というのだ。
そういう理屈ってどうなんだろう。