第四巻最終巻です。
ネタバレします。
キリヤと青羽は会話する。
「ステキな心臓を用意したからそれを食べて。早くバルバラを完成させましょう」という青羽にキリヤは「オレはひとつになんかなりたくない」と突っぱねる。
翌朝、菜々実は再びマリエンバートになっているのに気づき「嬉しい。渡会さんのために綺麗にならなきゃ」とドレスを着る。
その時ピルケースを見つけそれをエズラに飲ませたいと考えたことを思い出す。
百田氏は行き詰っていた。
青羽をもうこのままにしていた方が良いのではないかと考え始めたのだ。
その時、ボートを漕いでマリエンバートが現れる。
渡会は驚いて近寄りドレス姿の彼女に上衣を着せかけた。
キリヤはむっとしていた。
渡会ともっと話し合いたいと思っていたのだ。それが見知らぬ綺麗な女性とボートに乗っている。
ぼくが青羽を助けてさっさとバルバラを完成させれば青羽は目覚めるんだろうか、と考え出すキリヤ。
「だから心臓を食えって・・・食えないだろフツー」と口を出た独り言をいつの間にか側に立っていた男に聞かれてしまう。髪の長い若い男だ。
「やあ、きみはキリヤだね」と言う男。
男はいきなり自分の口に手を差し入れ奥歯をコリッと取り出した。
「中のチップをパソコンで読めばわかる」
そういうと彼は歩き去った。
渡会はマリエンバートとボートに乗って話しかける。
がマリエンバートは「これは夢のようなものなの」と言ってはぐらかす。
が双眼鏡を覗いていた彼女が突如「岸へつけて」と叫び「まってくれ」と言う渡会に「こないでっ」とボートを離れ林の中に消えていった。
そこにはさっきの髪の長い若い男が立っていた。
「よかったきみに会えて」
男は若い頃のエズラだったのだ。
マリエンバート=菜々実は持っていたピルケースを開ける。ピルが2錠入っている。
「ひとつは毒、一つは偽薬。選んで。残りはわたしが飲む」
「どちらかが死ぬんだね」
エズラはすばやくふたつとも口に入れた。
「きみを死なすわけにはいかない」
「なぜ静音なの。わたしだって卵を提供できたわ」
そういう菜々実にエズラは答えた。エズラが必要だったのは異常なほど若い静音の遺伝子だったのだ。
突如頽れ力なくうなだれる。
菜々実は叫ぶ。「毒なんて嘘よ。二つとも偽薬よ」
しかしエズラの寿命はここで尽きたのだ。
その顔はしだいに年老いていく。
マリエンバートの悲鳴を聞いた渡会は慌てる。
しかも彼女はそのまま湖に走り込んでしまったのだ。
マリエンバートを救おうとして飛び込む渡会。
〔その20:死者からのメッセージ〕
マリエンバート=菜々実は気を失いエズラ=ヨハネ=青(アズーレ)博士は脈がすでに止まっていた。
その時カーラーが駆け寄りずぶ濡れの渡会に「すぐ青博士の夢に入って」と叫んだ。
「こうしているうちにも脳細胞が死滅していく。まにあううちに早く」
すでに脳死状態の彼の夢の中に渡会は入っていく。
イメージスキャナーもなくこの夢見は渡会だけが知る。
渡会は若きエズラ(結婚した当時の少年のような彼)に出会う。
「やあこんにちは。妻の菜々実と娘の茶菜だ」
そこにはあのマリエンバートがいた。
エズラ博士は話す。「わたしは15の時から老いはじめたんだ。それは一族の運命だった」
その姿はさらに若く子供の姿になった。それはパイン=パリスだった。
「わたしによく似ている。脳の海馬部分の遺伝子を操作したせいか記憶力のいい子になった。だが星の記憶まではもどらなかった」
そして幼いパイン=パリスは父の死後、結晶化した心臓を食べたのである。
(この「結晶化した心臓」というのがよくわからない。どういうことなんだろう。サクサク食べられる、ということなのかな。何故結晶化するのだろう)
マリエンバートは消え元の菜々実に戻る。渡会が死んでしまったエズラの夢の中に入っていると聞き治療室に急いだ。
心臓停止を見て菜々実は「もう、彼を安らかにしてあげて」と言う。
カーラーは渡会に問いただしキリヤは「着替えないと」と心配した。(急にパパ思いになる)
「彼の名はエズラ。子どもの頃の名はパイン。若さの秘密は心筋のタンパク質」
元に戻った菜々実は眠る青羽を見てつぶやく。「青羽に会いに来て、行方不明のエズラと会うなんて」
カーラーはとりみだし「わたしはまだなにがなんだか。わたしは博士に利用されていた?」
キリヤはひとり個室に戻る。
若きヨハネからもらった奥歯のチップをPCで読みこんだ。
ベッドの上に箱が現れそこからやや老けたヨハネが登場した。
彼の一族の発生は古くエルベ川沿いで鉱脈を探しながらヨーロッパを南下したケルトの古い末裔だ。
男も女も早く老いた。20歳すぎると老人になった。早く老いる代わりに我々は先祖の、親の記憶を受け継いだ。
体験的記憶は遺伝しないということはない。長い長い遺伝子にその記憶は記録されている。
勿論その記憶は封印されている。その封印を解くカギは、心臓だ。心筋に含まれるある種の酵素だ」
箱の男は若いエズラに変わる。
一族は500年前にはアフリカの西海岸を南下して南アフリカまでやってきた。ほかの国人との結婚もあったが老いは続いた。
エズラはストラディ家に引き取られ13歳で老いの兆候が表れ老化の研究を始める。両親は化学者でわたしは知識を受け継ぐ。15の時には若返りの酵素バルバラタンパク質を心筋から発見した。これで老化は止められる。わたしは一族の運命に勝った。2年で30センチも背が伸びた。薬を飲んでいればわたしは永遠に若いのだ。
安心して結婚もした。・・・だが再び老化が始まった。それからは時間との戦いになった。
エズラは菜々実と別れ異様なほど若いし静音と逃げ彼女の卵を使って三人の娘を作ってみた。
しかし彼女たちには記憶の継続はなく20歳すぎると老いが始まった。
が、菜々実との娘茶菜は老いなかった。なぜか。
受精卵の遺伝子を操作し代理母に産ませたが免疫不全で3,4歳までに死亡した。
生き残ったのがタカとパリスだ。
そして茶菜は生まれた娘青羽に自分の心臓を食べさせた。一族の記憶があったのだろうか。が、青羽は眠り込んでしまった。
エズラは続ける。
我々が過去の記憶を持っているのは未来を作るためだ。
わたしの一族は今や青羽とパインとタカだ。
一日経てばわたしの心臓は結晶化する。それを食べなさい。
記憶が受け継がれるのなら、死はない。
きみらは不滅の子どもたちだ。
キリヤは食堂に行き皆と一緒に食事をした。
これまでアレルギーだからと決して食べなかった海老の入ったパスタを食べてみる。
美味しく食べることができた。
「成長して体質変わったんだよ」とライカが言う。
キリヤは眠っている渡会の部屋に行く。
そこには菜々実さんが渡会を見舞っていた。
目を覚ました渡会はキリヤから問われエズラの夢の話をする。
死にかけていたせいか意識の深度が深いんだ。引き込まれそうになって。
人間の意識は海の上に浮いている氷山のようなものだと。
氷山の大部分は海の中に沈んでいる。
それが無意識なんだ。
海の中に沈んでいる氷山は深いところではつながっている。
個々の人間の意識も深いところではつながっている。
集合意識、超意識生命体として一緒になっているのだ。
青羽のいう「ひとつになりましょう」というのはそういうことなのだ。
自我は孤独だ。孤独を消して全体にかえりたいというのは人間の最後の望みなのだろう。
こう話すと渡会はまた眠くなった。
「じゃあおやすみ、トキオ」
「あとでな」
これが生きている”キリヤ”に会う最後だとこの時のぼくは知らなかった。
「ひとつになる」=「気持ち悪い」と書いていたがいまやっと青羽のいうことがわかった気がする。
人間は個々に考えて行動してはいるが全体としてみれば同じように考え行動しているのだ、と。
そこから逸脱する者は社会人として存在できないのだ。
殺人者、嘘つき、そうした者を排除するのは種として当然だ。それをしなければ死滅してしまう。
ひとつになる、というのはそういうあたりまえのことだった。