ガエル記

散策

『バルバラ異界』萩尾望都 その12

ネタバレします。

 

〔その23:ぼくのキリヤをかえしてくれ〕

青羽人形からエズラヨハネのデータチップを受け取ることになった渡会たちは彼の遺言を知る。

大黒先生は叫ぶ「夢は現実になるんだ」そして地下モルグに走り彼の心臓が結晶化しているかを確かめる。さすが科学者こういう時はすばやい。

それをカーラーに見つかり大目玉。

その時菜々実さんが花小金井での火事を報せ続いてパリスから電話がくる。

「キリヤが落ちたんです」

 

場面が切り替わる。

パリスとキリヤが祭り会場にたどり着く。キリヤは御神楽の衣装と面をつけた。

どうやら「モミジ係」が来なくて用意したモミジを火の見やぐらの上から降らせることができないともめている。

身の軽いキリヤはためらうことなくモミジの入った袋を担ぎあっという間に火の見やぐらの上によじ登ってしまy。

そしててっぺんまで登るとそこでモミジの袋を開ける。

キリヤは笑いながらモミジを撒く。

「ぼくはにせものだ。にせもののキリヤだ。ほんものにはなれない。どこへ行けばいい」

下ではライカやパリスたちがその様子を不安げに見守っている。

と、激しい爆発音がし火の見やぐらの上に吊るされた鐘がキリヤの頭上に落ちてきた。

 

渡会と大黒先生は東京へ飛んだ。

 

火事は駅前スーパーの地下の焼却炉が爆発したためのものだった。

パリスが渡会を待ち受ける。

渡会はキリヤが身が軽いからと無事を信じている。

が、医師は「鐘の下敷きになって脳の損傷がひどく手の施しようが・・・」と渡会を案内した。

治療室にはキリヤが包帯をして横たわりそのそばに明美さんがいた。泣いている。

「うそだ。まだあたたかい。まだ生きている。死んでない、死んでない、キリヤ」

その途端、渡会はキリヤの中に入ってしまう。

明美さんは「キリヤを連れ戻してくれるの?時夫、お願い」と泣く。

 

渡会は果てしなく落ちていく。

「たすけてくれーーーー」

渡会の手をつかんでくれたのは青羽だった。

「く、苦しい、ぼくは死んだのか」

「死んでないわ、キリヤの最後の思念にシンクロしているだけ。それももう消える」

「キリヤはどこだ」

「キリヤは死んだわ」

頭から血を流しながら渡会はキリヤの名を呼びながら泣く。

 

ここで青羽はバルバラを何度もやりなおしたという話をする。

一度目のバルバラでは青羽の家族はマーちゃんだけだった。青羽が9歳になるとあのジェノサイドが起こって皆死んでしまった。

二度めはやり方を変えて青羽の家族を増やしてみた。タカとパイン、ダイヤも。でもダメ。青羽が九つになるとまたみんな殺されてしまった。もうキリヤもいないしバルバラの完成は無理なのかもしれない。

渡会はハッとする。

「きみは何度でもやり直せるのか。じゃあキリヤも生き返らせてくれ」

「なぜ?バルバラがやりなおせるのなら」

「だって未来の時間はまだやってきていない、だから何度でもやり直せる。キリヤの死はもう過去のこと。過去は変えられない」

渡会は青羽の前にひれ伏して彼女の裾を握り「頼む頼む嫌だ、青羽」と泣き喚いた。

 

そこに登場したのが千里だった。

バルバラが青羽の見ている夢なら、あなたやキリヤのことも誰かの夢にするんだ。そうしたらやりなおしてもらえる」

「は?ぼく?僕らが・・・夢?」

「キリヤの死も夢になる。誰かの見た夢に」

「でも誰だ。ぼくらは誰の夢になるんだ」

「誰か心臓を食べた人」

エズラ博士?でもエズラ博士は死んでいる」

「もちろん過去のエズラ博士」

「どこに?」

「探して。この時間と夢が溶け合った無意識の世界のどこかに、彼はいるはず」

 

渡会は探す。そこにはパインがいた。

小さい頃のエズラだ。

千里は告げる「早く呼びかけて。夢は一瞬だ」

渡会は叫ぶ「キリヤを、助けてくれ、パイン。お願いだ。ぼくの息子を死なせないでくれ」

 

ハッと気づくと目の前にパリスがいた「渡会さん」

「イヤねえ、オーバーにぶっ倒れて、時夫ったら」

「キリヤは?」渡会の問いに「キリヤは無事だよ」とライカが明るく答える。

渡会はあれは自分が見ていた夢だったのか、と安堵してキリヤの治療室へ急いだ。

「キリヤ」

「オヤジ、ごめん、心配させて」と言ったその顔はタカだった。

 

ま、本当のキリヤ、ではあるのだが。

 

〔その24:遠い昨日から遠い明日へ〕

(なんか「我々は遠いところから来た。そして遠いところへと行く」という〔忍者武芸帳影丸のようだ)

タカの顔を見た渡会は混乱し「キリヤじゃない。キリヤじゃない」と喚いた。

(ある意味かわいそうだ、タカが、いやほんとのキリヤが。ややこしい)

 

渡会の記憶が入れ替わる。あの時、死にかけていた明美さんは元気で側にいた少年はタカの顔だ。

そしてヨハネ神父が小さなパインと一緒に訪ねてきた。

キリヤが襲ったのは大黒先生ではなく自分だった。

枝垂桜の下でひとり眠っていたはずのキリヤは起きていて側にパインがいた。

そして3年ぶりに会ったキリヤは渡会としてはタカだった。

渡会はこの記憶の中で初めて青羽のバルバラへ行く。

タカがこちらにいるのならバルバラには誰がいるんだ?

小さな青羽とパインと一緒にいたのは小さなキリヤだった。

 

渡会はキリヤ(タカの顔の)と食事をする。そこでノートPCの島を見せる。

バルバラだ」と答えるキリヤ(タカ)

「きみが創ったのか?」と問う渡会に「いや、パリスだよ」と答える

この世界ではキリヤはすでにあの時からパリスと友達になっている。

 

再びこの世界でバルバラへ行った渡会はタカ(キリヤ)が持っている本を読む。「個体発生と系統発生」以前は英語だったは今度は日本語で書かれている。

パリスがやってきて明美さんと会う。

青羽の描いた火星の絵を持って菜々実さんたちが北海道へ来る。

マリエンバートとボートに乗る。

 

以前の記憶の上に重なる新しい記憶。二重の体験で頭がぐらぐらする。こちらが現実なのか。あちらは夢なのか。

 

百田氏が慌てて渡会を呼びに来る。

「青羽の様子が変なんです」

青羽は光に包まれていた。これまでにない新しいバージョンだ。

渡会は青羽の夢の中に入る。

ジェノサイドだ。

渡会は必死で走った。

しかしマーちゃんの家でマーちゃんもダイヤもタカもパインも青羽も無事だったのだ。

目白氏そっくりの子孫目白が「テレビをつけて。発表を聞くんだ」と叫ぶ。

「本日、バルバラ人に自由市民権を与えることに決定しました。火星とは不可侵講和条約を締結し」

平和が来る。もう戦争はない。

ジェノサイドは起きなかった。

 

渡会は安堵し側にきたタカを「キリヤ」と叫んで抱きしめる。

「タカだよ。おじさんときどきぼくをまちがえる。おじさんの東京の息子と」

渡会はタカの顔をじっと見た。

これからは島の外にも出られるね。ぼく、おじさんの息子のキリヤにも会えるのかな」

渡会はその顔にふれた。

「きみは未来に生きているのか」

キリヤ、きみは未来のどこかに生きているのか。

 

渡会は現実世界に戻る。

「3度目のバルバラはやっとうまくいったんだ。青羽はキリヤを手に入れて、つまりほんとうのタカを手に入れて、ジェノサイドが起こりかけたけど、青羽の夢がバルバラを救ったんだ」

 

こちらの世界ではパリスが明美さんの子供だった。だからあの時ヨハネはパリスをつれてきて明美さんにあわせたという筋書きだ。

混乱する渡会のもとに百田氏から電話がくる。

「青羽のあの光がすっかり消えたんです」

 

それから青羽は休息に老化していくのだ。

 

菜々実は青羽に近寄りその手を取った。

「青羽」

「おばあちゃま」

そして青羽は菜々実にささやく。「川がきれいだった、シラサギがたくさんいて」

 

青羽の中には茶菜の記憶があるのだ。

 

青羽は16歳で干からびて死んだ。「親の心臓を食べた罰なのかしら」

たぶんこれが本作のテーマなのだろう。

狂牛病問題からこの作品は生まれた。以前にも書いたが人間が家畜である牛に強制的な共食いをさせたことでそれら牛の脳がスポンジのようになり歩くことさえできなくなって死んでいく。

人間にも伝染したのだ。

「共食いはタブー」というのは事実だったのだ。

しかしここで渡会は「ちがいますよ」と答える。

「青羽は母親が差し出した心臓を食べて未来のバルバラ人を救ったのです。茶菜さんは青羽が”希望”だと言っていた。青羽は夢で未来に干渉し役割を果たしたのです」

だけど菜々実さんにはその言葉はあまり響いていないようだ。

むしろパリスを見て「エズラの息子なのね」と感激する。

そこにカーラーが登場し「もう少し早くファイルを読んでいたらエズラ博士の心臓をあなたに食べさせ青羽の老化を止めたのに」と騒ぐ。

「手を出さないで、カーラー」と菜々美さん怒る。

 

パリスは十条家の養子となる。

菜々実さんはパリスをカーラーから守る決心だ。

「人間はそれぞれの寿命を生きればそれで充分なの。老いも死も人としての運命だわ」

 

さて萩尾望都ご本人はどう思っているのだろう。

菜々実さんの言葉はまっとうだ。

そして共食いのタブー。

しかし『ポーの一族』を描き数々のSFのなかで短命種と逆に不老不死も描いてきた作者はやはり人間は不老不死への渇望を捨てきれないと思っているのではないだろうか。

例えそれで罰が下るとしても。

 

渡会は二重の記憶の中で一時期「ほんとうの親子になりたい」と切望したキリヤを忘れることができない。あきらめきれない。

だがそのキリヤに会うことはもうできないのだ。

せめて、未来に2150年の日付指定で未来郵便に本を預ける。

その本が未来のタカにキリヤに届くように。

 

完。

 

 

萩尾望都は「悪」の道を持つ作家だと思う。

正当な物語だけではなくどこか歪んだ欲望を持っている。

そこに惹かれるのだ。

 

エズラヨハネは明らかに成長したエドガーだ。

それは幼少期のパイン=パリスの容貌を見ればすぐわかる。

永遠に生きる少年は本作で年老い死んでしまう。

だがその血はパリスの中に生きている。

パリス自身はエズラのような悪魔性がないが今後彼がどうなるかはわからないし彼のその子どもがどうなるかはよりわからない。

 

そして青羽はやはりメリーベルと重なる。

本作の眠れる青羽はかわいそうな存在だ。目覚めている間はアレルギーに苦しみ、親の心臓を食べさせられ眠り続けて死ぬ。

夢の中だけで生きることができた青羽。

未来の青羽が幸福でいられますように。