
『シリーズ ここではない★どこか (Anywhere But Here) 』短編集です。
発表順と本の収録順が異なるのですが以前も書いた通り発表順にのっとっていきます。
ネタバレします。
「月刊フラワーズ」2006年4月号
『残酷な神が支配する』でふっきれたというべきか禊が終わったというのか、他作家に比べれば」ぎこちない感はあれど『午後の日差し』『帰ってくる子』そして『バルバラ異界』になって家族のつながりという題材が描かれるようになった。
本作にいたってはごく普通の家族の在り方と言っていいのではないだろうか。
ネタバレします。
主人公は生方正臣。小説家で大学の臨時講師らしい。
妻と高校生の娘、中学生の息子がいる。
シリーズ第1作目となる本作では家族や周囲との猥雑な日常を離れて「山へ行こう」と決意する彼がどうしても山にたどり着けないという話。
めっちゃわかる、という人も多いのではないだろうか。特に家族を持つ人ならば。
わたしなどは「山に行こう」という気概すらない。
水とおにぎりとチョコボールを持って誰にも邪魔されない山へ行く。
そこでは大自然と自分だけが存在し現世のしがらみも喧噪もしばし忘れることができるだろう。
生方氏は絶対の決意で山に向かうが近所の人、出版社の人、電気屋さん、はては娘の同級生からも声をかけられなかなか橋の向こうまでたどりつかない。
そこへ行けば後は山へと一本道なのだが。
様々な邪魔が入り今から山へ行ったとてわずかな時間しかいられないだろうと生方は山行きをあきらめる。
家に帰れば今日見聞きしたことはすべて妻から伝えられる。
いちいち立ち止まる必要はなにもなかったのだ。
おまけに妻から頼まれていた買い物のとーふはすっかり忘れていて呆れられてしまう。
なにもできない一日だった。
「忙しくてとうとう山にたどりつけなかった。またいつか山に行こう」
幸福な人間というのはそういうものなのだろう。
『宇宙船運転免許証』
「月刊フラワーズ」2006年5月号
生方氏の弟、雄二は子供の頃に「宇宙船運転免許証」を兄の分まで注文した。
その時から30年経ち「銀河連合宇宙交通局」から更新手続きの封書が届いたのだ。
子供だましの免許証を更新だって?と生方は半信半疑。
注文した弟はすでに他界している。
生方はなぜか弟の雄二になりすまして宙田事務所を訪れたのだった。
宙田事務所は許可証発行代行をしている場所だ。
「もう今は宇宙船は古臭くてドアからドアなんですけどね」と宙田氏は言う。
三千円を払って弟「生方雄二」の免許証を更新した生方はトマト出版の五十嵐氏との待ち合わせの時間まで遊園地に寄りひとりで観覧車に乗り今は亡き弟を偲ぶ。
が、その後手袋を事務所に置いてきた、と気づいた生方は慌てて取りに戻る。
「もう帰るところです」と渋々ながらドアを開けてくれた宙田氏は手袋を渡すと別のドアから出て行った。
生方が謝ろうとそのドアを開けるとなんとそこは壁だったのだ。
「ドアからドア」なのかと生方ははっとする。
「ペテンですよ。三千円取られてしまって」と五十嵐氏は笑う。しかし「ある種の供養ですか」
ちょっと泣きそう。
『あなたは誰ですか』
「月刊フラワーズ」2006年6月号
妻と三人の子供を持つ八木弘明氏は海での事故で今まで関わってきた家族や周囲の人々をすべて忘れてしまうという病気になってしまう。
というか目の前にいる家族たちに「あなたたちは誰ですか?どうしてぼくを騙そうとするのですか?あなた方はぼくの家族とは違う」と言い出したのである。
つまり彼の記憶の中には本当の家族や関係していた人たちが在るのだが、目の前にいる本人たちはそれとは違うと感じてしまうのだ。
息子の直人はそんな父に寄り添うことにするが弘明氏には直人は「似ているけど僕の息子ではない」と受け止められてしまう。
やむなく直人は直人の友だちとして父の側にいることにした。
妻はそんな弘明氏と離婚する。
だが息子の直人に「ママね、八木弘明と再婚するの」と告げるのだ。
思い出させるのではなく新しく彼と関わることにしたのである。
弘明氏は思い出せないだけでなくぼんやりとして生活そして仕事がスムーズにできる状態ではないようだ。
直人くんもだがママの決意がまぶしい。
家族の在り方を描く時なぜ感動してしまうのだろう。