「シリーズここではない★どこか」と記載されているのでそれに従います。
ネタバレします。
「なのはな」
「月刊フラワーズ」2011年8月号
2011年3月11日「東北地方太平洋沖地震」とそれに伴う津波により東京電力の福島第一原子力発電所で原子力事故が発生した。
その時の恐怖は忘れることはできないがそれでも今現在2015年となり14年の年月はその恐怖を薄れさせていく。
本作を再び読むことでその時の焦りのような心情を少し思い出せた気がする。
本作は同年2011年8月号に発表されている。
かなりの速さで描かれたのだ。
物語は事故そのものではなくそこに住む人々特に子供たちに焦点を当て描かれる。
主人公のナホは大好きだったばーちゃんを失うが忘れることができない。
ナホは眠りたくないという。
怖い夢を見てしまうからだ。
夢の中でばーちゃんは生きていて梅の実をもいでいる。
兄の学はナホに強く「ばーちゃんのこというな」という。そして「ナホはもう6年生だべ。ナホは時間を止めではダメだ。今起こってっことをちゃんと見ねどなんねぞ」という。
ナホは夢の中でチェルノブイリの少女から人形を差し出される。
ナホはその人形をはねつけるが少女はあきらめず人形を持っている。
その人形はかつてチェルノブイリ原発事故が起きた時にウクライナの病院にいる子供たちのためにばーちゃんが作ったものだったとナホは知る。
その人形を持って行ってくれた看護師さんはばーちゃんの友だちだった。
1985年の事故の後1994年にキエフ、1995年にベラルーシに行ったという。
彼女はその地では土壌の汚染を除去するために植物、ひまわり、なのはな、ライ麦とかを植えているのだと教えてくれる。
ナホは夢の中で再びチェルノブイリの少女に出会う。
少女は種まき器を下げていてナホに渡してくれるのだ。
じーちゃんは一時帰宅の時に種まき器を持ってくる。
ナホはそれを受け取りたくさんのなのはなを植えようと思うのだ。
溢れてくる感情を止められず涙をおさえることができない。
原発事故は自然災害から起きたものだが私たちはそうではないことを知っている。
なぜそこに原発が置かれたのか、なぜそこでなければなかったのか。なぜ原発でなければならなかったのか。
わたしたちは考えなければならない。
「プルート夫人」
「月刊フラワーズ」2011年10月号
プルトニウムをプルート夫人という擬人化で描いた作品。
原子力が人間にとって理想のエネルギーであると同時にそれは死と表裏一体であることを描き出している。
未来、人間は別の「理想のエネルギー」を手に入れることができるのだろうか。
死と隣り合わせではない安心なエネルギーを。