ガエル記

散策

『黄泉からの声』〈妖怪ハンター〉諸星大二郎 その1

1994年7月「ヤングジャンプ・コミックス」


稗田礼二郎のフィールド・ノートより

 

ネタバレします。

 

「うつぼ舟の女」1991年冬の号、1992年春の号、1992年夏の号、1992年秋の号「ヤンジャンベアーズ」(全4回連載)

 

タイトルにある「うつぼ舟」という伝説にまつわる物語。

他の創作者は「うつろ」という表記を多くとっているようだが「うつぼ」になったのは諸星氏の感覚なのか柳田國男氏がそちらを表記しているからか。

中に若い女が入っていた、というもので興味をそそられる話である。

異国の女性かあるいはその船がUFOでつまりは宇宙人だったなどの説があるが諸星作品ではやはり異世界とのつながりが感じられる。

とある海岸に棲む風変わりで奇妙な神主とその巫女が関わってくるが神主のほうは元スナック「潮騒」のマスターといういわば偽物神主だ。

女のほうもそのマスターの愛人というなんともインチキな二人組だ。

しかも借金を抱え首が回らなくなった時女の父親が死亡したというのだが、地方の神主だった父親の後継者になったというとんでもない展開なのだ。(そんなものなのか)

まあ誰も来ないような海岸に住むことになるので後継者になりたい者もいないのだろう。

そこへ借金取りから逃げ回る二人にとっては都合のいい逃げ場所だったという話だ。

(いいのかそれで)

まったく奇妙な変な話なのだが、ほんとにおかしいのはそこからでこの愛人もどきの女が実はこの物語のヒロインとなっていく。

かわいそうなのは借金取りのヤクザたちで(ヤクザが酷い目に遭う話という)ただ借金を取りに来たばかりに恐ろしい体験を味わうこととなる。

 

なんでこんな変な話を作ったのか・・・不可思議すぎる。

 

偽物神主の愛人、として登場した女は大嫌いだった父親、神主だった父の元に戻りたくはなかったのだが借金を抱えた男の希望でその場所に戻ることになってしまう。

何故戻りたくなかったのか。

が、女は故郷に戻ってから次第に本来の自分を思い出すようになっていく。(というべきか)

この物語は書き記していくのが難しい。

どこか感覚的なものに思える。

 

女の父親はかつてうつぼ舟でたどり着いた常世の女を愛したのだ。

本作では醜いミイラの姿でしか描かれていないがその時は娘みどりのような姿だったのだろうか。

うつぼ舟でたどりついた女は卵を七つ産んだという女が抱くことで卵は大きくなった。

そのひとつからみどりが生まれたのだ。

そして神主である父親は自分の娘としてみどりを育てる。

みどりは不気味な生物を好んで食べた。それは人間の汚れを吸った形代から蘇った化け物だった。

やがてみどりは父親の元から去る。

もしスナックのマスターと出会わなければ、もしくは彼に経営力があったらみどりはここに戻らず人間として生きていったのかもしれない。

しかしみどりは結局この場所に戻り不浄のものを食べてしまう。

そして最後に残った卵から弟が生まれる。

それは不気味な化け物だった。

(この弟の姿は『メイドインアビス』のミーティを思わせる。もしかしたらミーティはここから発想されたデザインなのではないか)

みどりの父親は霊となって現れみどりに教え諭した。

そして娘みどりは母親と弟と共に常世へと帰っていったのだ。

 

この作品から萩尾望都の『ハルカと彼方』が生まれたのだろう。

ハルカは元の世界に帰るしかなかったが妹の彼方が現実の世界に生きることになったのはみどりの代わりにも思える。

 

「蟻地獄」1992年冬号、1993年春号「YJベアーズ」

「稗田先生って沢田研二に似てない?」という台詞登場。映画化後の作品だろう。

私としても稗田=沢田はうれしかった。

大学のゼミに参加していた女子学生水野九実子はボーイフレンドの刈田のことで稗田に相談する。

刈田はなにやら胡散臭い遺跡に夢中になっていてそれを手伝えば大金持ちになれると水野九実子に話していたという。

その後ずっと姿を見せない刈田を九実子は心配し事の次第を稗田に打ち明けたのだ。そして刈田が持っていたという不気味な造形物を見せる。縄文時代のもののようで異質なものだった。

「遺跡で大金持ちになれる」というインチキな話を稗田は訝しむがさらに相談した相手から「ハデスグループの熊井幸三会長の熊井美術館」が浮かび上がる。

稗田はその場所を訪れた。

 

古い美術品や遺跡に深い興味を持つ熊井会長は大金を投じてある遺跡を発掘しようとし「金儲けができる」という言葉で多くの志願者に危険な遺跡の調査をさせていたのだ。

刈田もまたその一人だった。

その場所には多くの穴が開いていて多くの者がそこを覗き込み、そして帰らぬ人となったのだ。

が、稗田礼二郎をしてもその場に近づけない。

かろうじて戻ってきた稗田は熊井会長にその穴の秘密を聞く。

 

会長はその昔、無一文の復員兵だった時とある修験者に出会いその遺跡を教えられた。

多くの穴には”良い穴”と”悪い穴”がある。

”良い穴”を覗いたものは願い事が叶う。

熊井幸三は賭けに勝ち、事業を興してハデスグループを作り巨万の富を手に入れたというのだ。

しかし多くの志願者は”悪い穴”を覗き込んで戻ってはこなかった。

 

願いが叶った熊井会長は今や「あの洞窟の秘密と正体」を知りたいと望んでいた。

多くの志願者を募り導いたのはそのせいだ。

しかし今会長はもうその遺跡を破壊するしかないと考えていた。

今ここを覗こうとするのはあさましい者ばかりだと思えたというのである。

会長は破壊工事を依頼した。

次々と機械の故障が続いたが会長は続行する。

かつての修験者が現れ会長を叱責したがやめようとはしなかった。

 

やがて発破が爆発し遺跡は破壊された。

九実子は刈田の呼び声を聞き恐れず遺跡の中に走り込む。

そこには体を食われ穴の開いた異形の姿の者たちがうごめいていた。

 

九実子は”良い穴”に落ちた。

それは彼女の願いをかなえる穴であった。

一人住まいのアパートに戻った九実子の部屋に穴の開いた体の男が近づいていった。

 

これは「蟻地獄」というより「穴」という方がいいのではとも思う。

地面に開いた穴、と身体に開いた穴である。