1988年9月号・1989年3月号(全2回掲載)
何度も読んだ作品です。
史実を元にした諸星氏の(いつもの)自由な発想による創作ですが「こんなことがあったのかも」と思わせてしまいます。
ネタバレします。
「巫蠱の禍」をメインに置いた残虐な物語なのだが私はどうしても無面目=欒大のロマンチックラブの物語として印象的なのだ。
ここまで一途な恋物語は他にないのではなかろうか。
物語は上の画のようなところで東方朔と南極老人が碁を打っている場面から始まる。
東方朔はどうやら俗界の皇帝の相談役となって面白い話などをする仕事をしている。
老人はそんな東方朔をからかっている。
東方朔はふいに「「女媧の五色の石をご存じですか」と尋ねる。
その昔天が崩れかけた時女媧が五色の石を練って天の裂け目をふさいだというのだがその「五色の石」を皇帝が欲しがっているというのだ。
さすがの南極老人もそれは知らないと言いながら「天窮山の無面目なら知っているかもしれん」として早速二人で出かけたのであった。
無面目というのはあだ名で本来の名は「混沌」という。天地開闢の前から思索を続けているというのである。
無面目に会えばすべての謎を教えてもらえると鳳と鸞に乗って天窮山の頂上へ降りたが無面目はその名の通り顔がない。
つまり目も耳も口もないので会話ができない。
そこで東方朔が顔を描いてみた。
皇帝にお気に入りの方士をモデルにしたのだがこれが後で問題になっていく。
東方朔が書いた顔はそのまま造形されふたりは問題を問うて答えを得た。
満足したので顔を消そうとしたのだが消えない。
それどころか無面目は「せっかくだからこの新しい機能をもう少し試してみたい」と言い出し立ち上がり歩き出したのである。
天地開闢以来動いたことのない混沌が人間界に降りていったのだ。
突然人間の姿になって地上へと降り立った混沌だがさすが思索の神は行く先々で人間の言動を把握していく。
無銭飲食をして捕らえられ拷問されるがその傷はたちまち癒える。この時から無面目は都尉の江充に興味を抱く。
時は武帝晩年の時代。武帝は神仙に興味を持ち怪しげな方術を使う方士、欒大を寵愛していた。彼を五利将軍として栄華な生活を与えていたのである。
そうした武帝に反感を持つ皇太子とその一味は欒大を捕獲投獄し容姿がそっくりの無面目を欒大の立場に据え置いて武帝の地位を揺らがそうとした。
猥雑な人間関係の中に入り込んだ無面目だったがこれにも興味を持って自ら欒大=五利将軍になりすまし方術を使って武帝をさらに惹きつけていくのである。
無面目欒大によって最愛の寵妃の死が巫蠱によるものと知った武帝は江充に特別な地位を与え巫蠱を行った者を徹底して逮捕し処刑していく。
「巫蠱の禍」が始まったのだ。
無面目はこれに強烈な興味を抱いていく。
そして江充の熾烈な人間性にも。
ただそんな中で無面目欒大は田舎から出てきた目立たない側室の麗華だけに心のやすらぎを覚える。
「巫蠱の禍」で人間の心を嘲笑する無面目欒大だったが「女達にも害が及ぶ」と思った時「しまった。麗華も」と突然動揺する。
何も怖れることのない無面目だったが麗華を失うことだけが彼は恐ろしかったのだ。
無事だった麗華だけは傷つけまいと思う無面目は彼女の郷里へと逃げ延び宮廷の時代とは打って変わった穏やかな農村生活を送る。
畑を耕し麗華の作った食事をしのんびりと釣りをする生活が続く。
だが都へ送られたはずの麗華が郷里に戻って夫と暮らしているのは変だと密告されふたりはさらに山奥へと移り住む。
ここでふたりはひっそりと十年以上も暮らしていた。
美しかった麗華もすっかり年をとったが無面目だけは今も若々しい姿のままだった。
しかし無面目は今でも麗華だけが愛しいのだった。
実は無面目と麗華には一人の子供が生まれたのだ。
その子どもには顔がなかった。
それから麗華はおかしくなってしっまたのだ。
そこへ昔の欒大を知っていた男が「弟子にしてほしい」と訪ねてきた。
無面目は激しく動揺しその男を殺してしまう。
今の無面目にはかつての鷹揚さはなくなり麗華との生活だけを守りたいのだった。
その麗華もまた寿命を迎えて死ぬ。
無面目だけはかつてのままだ。
無面目は悲しみ「わたしはいったい何なのだ」と嘆き欒大になる前の自分を思い出そうとして苦しみ目を潰し顔を引き裂いて死んだのである。
東方朔は「神が死んだ」と唖然とする。
南極老人は「混沌は顔を持った時すでに死んでおったのじゃ」と答えた。
ふたりは無面目と麗華の子供を抱きあげ顔を描き「李阿」と名付けて育てた。
のちに「崑崙から召された」と人に語り姿を消したという。
さて無面目は不幸だったのでしょうか。
という話になりそうだ。
かつてであれば「麗華という一人の女性を深く愛し愛されたのだから幸福だったのではないか」という答えが出てくるはずだ。
恋愛観が薄くなった現在では「彼女にとらわれなければよかったのに」となってしまうのだろうか。
私は昔の人間なので無面目のロマンチックラブストーリーにハッピーエンドを覚えるものである。
そして李阿くんにすごく興味を持つ。