
ネタバレします。
巻頭の写真について書くのをすっかり忘れたいた。
まずはミナ・ハートマン。
ハイスミスの父方の祖母。1985年撮影。
2枚目。ハイスミスの母方の曽祖父。ギデオン・コーツ。迫力ある響きの名前だと思ったら旧約聖書に登場する指導者の名前だった。
3枚目。ダニエルとウィリー・メイ・コーツ。ウィリー・メイは特に良いおばあちゃんのイメージ。
4枚目。パットの母メアリー・コーツ。
女優を思わせる写真。パットをして「母と結婚した」と言わせる。
今では「毒親」と言われる存在だ。
5枚目。実の父であるJ・B・プラングマン。メアリーがこの人と離婚していなかったらパトリシア・プラングマンになっていたってこと。ハイスミスと再婚していなかったらそのままかもだけど。
写真はまだ続く。けど今日はここまで。
第7章「自分という牢獄」1942ー1943
パトリシア21から22歳の頃。
彼女はフランス生まれのアメリカ人作家ジュリアン・グリーンに夢中だった。
グリーンの作品『私があなたなら』はハイスミスの『リプリー』に驚くほどの共通点があるという。
確かにタイトルだけでも内容が似通っていると思える。
『リプリー』は同性愛的というよりディッキー自身になってしまいたいと思っている作品だからだ。
ここでハイスミスは「私たちのうち、”私が彼だったら、あなただったら”と思わない者がいるだろうか」という言葉に共感した、と書かれている。
今更だが私はこんなことは考えたことが無かったので驚いている。
自分が「誰かのように美しかったら、裕福だったら」というのはまだわかるとしてその人自身になってしまいたいという思いを抱いたような覚えがない。
誰もが思うのことなのか。
ということは『リプリー』自体をまったく理解してないということでもある。
1942年6月ハイスミスは文学士を取得しバーナード大学を卒業した。
彼女は「わたしがまともにタイプを習わなかったのは事務仕事なんてしたくなかったからよ」と書かれている。
前に観た『パトリシア・ハイスミスに恋して』のドキュメンタリーでハイスミスのタイピングが物凄くぎこちないものだったので「こんな感じで書いてたのか」と逆に感心したがそのためだったのか。
そういう主義もあり外見的にも彼女は会社人間とみなされなかったようで面接はのきなみ不採用だった。
やむなくパットは学生時代から反ユダヤ主義的偏見を持っていたにも関わらずユダヤ系の出版社の仕事につき『ユダヤ家庭年鑑』の家庭欄の執筆と編集をしたとある。
事実、後年「最初に就いた仕事について」書いた文章でかつてユダヤ系出版社で働いた事実は書いていないという。
だが彼女を採用したゴールドバーグとは連絡を取り続けていたとも書かれている。
その間にもパットは小説をネタを集め退社後は手紙をタイプしたりデパートの外で体臭防止剤や肝油のアンケートを取る仕事などまで行いついにコミック本を制作するマイケル・パブリッシャーズ社でフルタイムの仕事を得る。
4人の同僚が絵を描く横でハイスミスは原作を書いたのだ。
ハイスミスがマンガ本の原作を!楽しい。
この仕事でパットはようやくアパートで独り暮らしを始める。
東56丁目通り353番地、一番街との交差点にあるアパートで彼女はそこに13年間住むことになるのだ。
この場所はウォールストリートの富豪屋敷とお湯の出ない生活保護を受ける家族の住む家並の境目であった。
ハイスミスがアパートを出てイースト川へと歩いていけば大富豪の豪華なヨットが錨をおろしその近くでは川に流れ込む汚い排水が見れたのである。
ハイスミスのコミック社での仕事はボクサーで第二次世界大戦の英雄であるバーニー・ロスの物語のコミカライズ、続けて大戦中に二十六機の飛行機を撃墜した第一次世界大戦のエースパイロット、リッケンバッカーの半生を伝記化するということだった。
時代はまだ戦争中なのが驚きだ。
日本国内では彼女と同じ年ごろの若い女性も国防服のもんぺ姿しか許されず日に日に空腹に苦しんでいた頃である。
パトリシアのこの時期の文章にそうした貧苦は描かれていない。どれほどの国力の差があったのかと思わされる。
彼女自身は第二次世界大戦における政治的立場はどっちつかずだったとも。
単純な愛国主義にも居心地の悪さを覚えていたというのも「それでよかったのだなあ」という嘆息を覚えてしまう。
極端な愛国心を持っていた田辺聖子氏の日記を思い出す。そんな田辺氏も戦後はスヌーピーが大好きだったのだ。
とはいえ若いハイスミスにとってこのコミックブックの原作作家という仕事は刺激的なアイディアを絞り出す訓練になっていたのだろう。
そして夜と週末はそれらとまったく対照的な小説を書くのである。
しつこく書けば戦争中に二十歳そこそこの若い娘がこのような余裕があったのだ。
そうしてハイスミスは着々と歪んだ人間性を持つキャラクターを描き出していく。
健康で幸せでバランスのとれた人間には興味がなかった。
満足とは愚かしさと同じだった。それよりも狂気を賛美するのだった。
「真にいきいきしているのは狂った人たちだけである。彼らが世界を作っているのだ」
内面と自分と世間に見せるために選ぶ外面との違いにハイスミスは惹きつけられた。
「わたしは心の苦悶が表にでている人たちが好きだ」
彼女はゲイの男性ティートゲンスと惹かれ合い「結婚するなら彼のような人」とまで思うが彼とは肉体的には結ばれなかった。
醜い女性画家アリーラと仲良くなりその後は美しい人妻クロエと出会う。
パットはコミックの仕事に飽き彼女と共にメキシコへと旅立つ。
第8章「念入りに培われたボヘミアン」1943-1945
メキシコは多くの作家を魅了した場所だった。
ハイスミスもまたこの不合理な国に惹きつけられたようだ。
彼女は「ドストエフスキーの『罪と罰』よりルイス・キャロルの『不思議の国のアリス』に共通する小説を書くことが自分の抱負だ」と述べている。
本作を映画化するとしたらあなたはどの箇所を選ぶだろうか。
まだ全部読み終わってもいない、どころか四分の一にも満たないがメキシコを旅ずる若いハイスミス、作家になりたいがまだその扉は開かれていない、と思えるこの時期、美しい人妻と喧嘩しとうとう別れて熱い国を彷徨うこのパートは映画化するのにとても心惹かれる。
この苦しい旅の中でもハイスミスはひとつの小説を書き続けた。未完に終わってしまうが『掛け金の締まる音』は彼女のテーマ、ホモエロティシズム、もうひとつの自分への憧れ、アイデンティティの消失などの特徴を備えているという。
ハイスミスは絵を描くことも愛していてそれは『リプリー』のなかでディッキーが画家であることにも影響を与えている。
他の作品の多くでも主人公たちが絵に関する仕事をしている。
狂おしいメキシコの旅からニューヨークに戻ったパットは再びコミックブックのプロットを書く仕事を再開するが彼女は失望していた。
書いた小説が出版できる代物にはならなかったからだ。
それでも彼女はコミックブックのプロット作りを6年間続ける。
1944年の夏が過ぎ、パットの恋愛生活はこれまでになく混乱していた。
日記には何人かの複数の関係を持っていると告白している。
短く激しい恋愛関係が破局するたびに彼女は落ちこんだ。
「愛情というものは最終的に単純な不等式におさまってしまう」