
ネタバレします。
写真25枚目。ジョナサン・ケントとハイスミス。「アラン・ドロン以来私が最も良いと思うリプリー」と語っている。
26枚目。ハイスミスがベルリンで出会った女優。タベア・ブルーメンシャイン。
第24章「女嫌い」1969-1970
この章は非常に”気になる”章だ。
ここまであれほど多くの女性に恋い焦がれ崇拝し彼女たちがいなければ仕事もできず生きてもいけなかったパトリシアがその反面過剰なほどの女性嫌悪を持っていた、と説明される。
単純に「男性にもその傾向がある。レズビアンのハイスミスの心はやはり男性だったのでは」と結びつけてしまうのは早計だろう。
というか私は「心は男、心は女」というような思考は好んでいない。
恥ずかしながらハイスミスの作品をほとんど読んでいない(今のところ『リプリー』とキャロル』だけ)私には作品を通じての論を講じれないがここに書かれているような証言が多々なるのならハイスミスはそのまま「女性を性的に好みながら蔑んでいた」としか言いようがない。
それは「母親と結婚していた」というほど母を求めながらも自分を蔑む母親の人格を憎んでいたことと密接に関係しているように思える。
ではその母親はなぜその人格になってしまったのか、それもまたわかりようもないがその母親や周囲との関係は大きく影響しているはずだろう。
恐ろしいのは「だからこそハイスミスは素晴らしい作品を書けたのだ」とは想像できるわけで彼女が満ち足りた幸福な少女時代を送っていたらあれらの作品は生まれなかったに違いないのだ。
優れた作品と幸福のどちらを選ぶかといえば誰しも幸福を選ぶはずだが悲しいけど幸福を選ぶ権利は人間に与えられていない。
しかも本作にも書かれていたように「もしハイスミスが本を書く能力がなかったら病院か施設送りだったろう」なのだ。
本章の証言を拾ってみよう。
まず「女性が次々と酷い目に遭う話ばかりの短編集」に他の女性たちは反感を持つがハイスミスは単に大笑いできる話を書いているだけ、と答えている。
確かにそうなのかもしれない、とは思う。
さらにハイスミスの「結婚して妊娠してそれで自分の人生がつまらない、と泣く女たちにうんざりする」というのは微妙なところで、それはそうかもしれないがそれは男性の方も同じく愚痴っているのではないかとも思う。そこが人生の悲喜こもごもなのではないかと。
そして年齢を経てきたせいなのかハイスミスはある時レストランの女性化粧室に入ろうとして「お客様、そちらのドアではありません」とウェイターに止められてしまい狼狽を隠せなかったと書かれる。
髪を長くし口紅とネックレスもしていたのにも関わらず男性と見られてしまったのだ。
そしてそのことにショックを受けてしまったことにも動揺したのではないだろうか。
この頃ハイスミスは『贋作』が完成し『11の物語』が出版され『変身の恐怖』の映画化権が売れ一万八百ドルが支払われた。
一方、歯痛で下の歯をほとんど抜いてしまう処置をとることとなる。また可愛がっていた七歳のシャム猫が死にパットは嘆き悲しむ。
この死にパットは近隣住民が毒を与えたのではないかと疑う。
1969年が間もなく終わろうという頃、ハイスミスはフランスに幻滅を感じこの地を離れようと決心していた。
1970年2月彼女はアメリカへ戻り実家で家族に再会する。
実家で過ごした10日間は過去数十年の葛藤をすべて表面化することとなる。
母メアリーは娘パットがとりわけ残酷な「人を苦しめる技量の持ち主」だと非難しハイスミスは問題の原因は七十四歳になる母親の双極性障害にあるとみなした。
しかし母親の口から別名義で『キャロル』を書いたということ、その中に「家族の家を訪ねるのは地獄だ」と書いたことをなじられハイスミスは激怒する。
だからこそ別名義で書いたのだ。
パットと母メアリーの争いは続く。
互いになじりあうドロ沼の応戦だ。
こうした争いを何故続けてしまうのか。
「おまえはほんとうに次から次へと過ちを犯す」
ずっとこう言われつづけたら女性嫌いになるのは無理もない。
子供にとって母こそ女性の鑑になってしまうのだから。
好むと好まざるとにかかわらず。
第25章「イシュメイル」1970-1971
ハイスミスは1969年を「ショッキングな年」とみなし1969年は「大惨事の年」としていた。
リチャード・ニクソンは1968年に大統領となる。このおそろしいほど無秩序な時代において旧来の伝統的アメリカを代表する存在でもあった。
ドラッグ、政治的反逆、新たな性的自由、というカウンターカルチャーじゃ既存のヒエラルキーを転覆させんばかりであった。
1970年5月にカンボジア侵攻を決断してからニクソンの社会的イメージは打撃を受ける。
ハイスミスがニューヨークを舞台とした最も政治色の強い小説『プードルの身代金』を書き始めたのがこの動乱と騒然とした社会風潮の真っ只中だった。
「この世で何よりも悲しくたちの悪いものは”脅迫状”である」という思いで小説は作られる。
『プードルの身代金』はサスペンス小説というだけでなく社会階層間の葛藤、移民問題、法秩序の不確実性などについて踏み込んだ物語である。
お気に入りの作家という主題のエッセイを書くにあたりハイスミスはソール・ベローを選ぶ。1970年作品『サムラー氏の惑星』は彼の代表作だと述べている。
またハイスミスは『白鯨』に自身のテーマの類似性を見出している。
全体的に色濃くほのめかされる男同士の関係、思い込みの力、あてどない意味の探求と意識の本質をめぐる話、にくわえハイスミスはイシュメイルに親近感を感じていた。
ハイスミスは生前には母国アメリカでは受け入れ難い存在だったようだ。
宣伝を嫌い動き回る標的のような存在だったと語られる。誰も彼女をはっきりととらえられなかったのだと。
五十歳が近づくにつれハイスミスの「人間嫌いの世界観」は苛烈になっていく。
またあれだけリベラルを自認していながら黒人に対する偏見は甚だしかった。
「黒人やプエルトリコ人を大学に入学させることはアメリカの教育制度を崩壊させる」と非難した。
またハイスミスは騒音を嫌っていた。
猫好きと言いながら傍目には猫の扱いが酷く見える人でもあった。
1972年『プードルの身代金』が出版される。
書評で批判される一方、不条理に対する鋭い分析が称賛される。
「社会科学と報道は後半に伝達されることによって道徳的姿勢の矛盾を提示することができる」
第26章「ネコ対ヒト」1971-1973
1971年10月末、ハイスミスはリプリーシリーズ三作目のアイディアを描き始める。1973年に書き上げ出版社に送っている。
同時にハイスミスは動物やペットたちが人間界に対して復讐する物語を思い立つ。
「人間を殺したり、ずたずたに引き裂く動物たちの物語を集めた短編集は動物に対する愛情というよりは人間に対する嫌悪にかられて書いたのではないだろうか」
近所の黒猫のしっぽが切断された時、ハイスミスは「手元に銃があれば犯人を見つけ出し撃ち殺してやる」とまで言っている。(いや普通言うんじゃないか)
ハイスミスの不安定な精神状態が語られる。
想像にすぎないがそれは年齢からくる身体の衰えも関与しているように思える。
身体の不具合が精神も蝕んでいくように読めるのだ。