ガエル記

散策

諸怪志異(二)『壺中天』諸星大二郎 その1

諸星大二郎「諸怪志異」シリーズⅡ『壺中天』です。

この本には私があらゆる怪談の中で最も怖いと思って震えあがりしょっちゅう思い出してしまう一篇が入っています。

 

 

ネタバレします。

 

「壺中天」

「壺中天」という聞きなれない言葉を検索してみると「俗世間とは異なる別天地、別世界」と出てくる。

そんな世界にひたり楽しむ、という話が始まるのだが諸星大二郎の「壺中天」はやはりちょいとへそが曲がっている。

 

明の頃、崔某という骨董好きの男がいて口やかましい女房の目を盗んではヘンテコな壺を買ってきたりする。

ある日も主人の崔がそういう汚い壺を買ってきたのでオカンムリの女房だが早々に「この壺をわしにゆずってくれんかね」という男が現れて女房は突如「相当の値打ち物のようだ。簡単に売っちゃダメだよ」と豹変する。

女房から言われた通りに粘ったため男はついに「ではこうしよう。壺はこの家から一歩も出さんよ。わしの仕事を手伝ってくれたら分け前をやろう」と言い出した。

崔は「適当な値段で売った方が良かったのでは」と愚痴るが今度は女房のほうが「あの様子じゃもっと高く売れるよ」とほくそ笑む。

 

男は時が「三更」になるのを見定め、自分の身体に長い縄を結び付けとても入れるわけの無い小さなその壺の中に入ってしまった。

崔と女房があっけにとられている間に男は合図を送ってきて崔は縄を引っ張った。

男は「うまくいった。これは約束の礼だ」と言って金の固まりを崔に渡して帰っていった。

 

さてこうしてすっかり喜んだ女房は明晩三更になると主人の崔を壺の中へ入らせたのだった。

 

つまり壺中天へ向かったのだが崔はいきなり珍しい型の壺を見つけて大喜びしたものの中から不気味な化け物が飛び出してきた。

逃げると金を見つけるが今度は両親の化け物のようなものが出てきて崔に散々小言を並べるのだった。

「あの嫁が悪いんだよ」

そこへその女房が現れ崔の両親に怒鳴り返す。

崔は化け物になった女房の姿に怯え逃げ出すが女房は「あんた!お待ち!」と追いかけてきた。

 

崔は必死で逃げていく。

 

ところが女房の方から見れば崔が慌てふためき逃げて行ったとだけ見えた。

女房にとっても不気味な世界に慄いている。

崔につなげていた縄をひっぱるとわけのわからない不可思議なものが現れた。

女房が逃げ出すと目の前に美男子が立っていて股間から化け物が飛び出した。

再び女房は逃げ出口を探して抜けようとするが壺の口からうまく出られず見守る使用人たちの前で女房はどろどろと溶けてしまった。

 

さてふたりの前にあの壺に入って出てきた男は目的のものを手に入れたととある老人の家を訪問していた。

それは男が「体内で錬成した気のエキス」なのだ。

男は未熟であの壺が無ければ自分の身体の中にある「それ」を取ってくることはできなかったのである。

あの壺は「自分の内部に入ることができる壺」なのだという。

そして男と老人は崔夫妻があの中に入ってしまったら二度と出てこられないだろうと心配した。

 

すでに女房がまともな姿で出てくることができず死んでしまったのだが。

崔自身はどうなったのかというと、自分の体内である壺中天の中で大好きな骨董品に囲まれ幸せに暮らしているのである。

 

 

「盗娘子」

見鬼が活躍する話なのでもちろん大好きな一篇である。

とはいえ見鬼はまだまだ幼く技が未熟なのである。

 

孫家のお嬢さんと夏侯家の息子の結婚が決まったのだがお嬢さんは無骨な顔つきの息子が気に入らずチャラ男の康七郎のところへ会いにいこうとする。

この手伝いを見鬼がするのだ。

 

以前お菓子をもらった、というので律儀にお嬢さんを助けようとする見鬼である。

お嬢さんの婚儀の日に虎やらを登場させて孫家を騒がすがそれらは五行先生に教わった切り絵を実体化するという呪術である、のだが見鬼はまだ切り絵がうまくできずどれも出来損ないのヘンテコな化け物ばかりになってしまうのだ。

とはいえそれらで脅して見鬼はお嬢さんを康七郎のところへ送り届けようとする、がこれも鶴がうまく切れず途中で落下してしまうのだ。

 

そしてやっとたどり着いた康七郎は女たちに囲まれ遊んでいて他の男たちがお嬢さんを手籠めにしようとする。

見鬼は再び虎や怪人を切り出すがうまくできず自分でへたれてしまうばかり。

そこへ恐ろしい虎が登場し悪人たちを脅かした。

五行先生だったのだ。

見鬼は「もっと切り絵の練習をしなさい」と叱られる。

そしてお嬢さんには「夏侯の息子は顔はまずいが秀才で立派な男だよ」と諭したのである。

 

「山都」

これは五行&見鬼は登場しないがとても面白い話なのだ。

南康や慮江の山奥には山都というものがいる。

人間に似ているが裸でザンバラ髪、深い山の樹に巣をつくる。

宋の元嘉の頃、道訓という男が山菜を取りに行った時、つい山奥まで入り込み道に迷いその上雨に降られてしまった。

 

びしょ濡れで凍え夜になった時に樹の上に誰もいない巣を見つけ服を干して裸で潜り込んだのだ。

 

この話、最高の最高に愉快なのである。諸星大二郎思想がある。

なんというか主人公が巻き込まれてしまった展開に馴染んでしまうヤツである。

 

翌朝、道訓が目を覚ますと周囲に山都たちがおり「人間なら虎に食わせてしまおう」と言い出す。やむなく道訓は「自分も山都だ。遠くから来たので少し違って見えるが」と言い訳する。

道訓が潜り込んでしまった巣は連れ合いを失くしてしまったばかりの山都のメスの巣だったのだ。

次の夜同じ巣に入った時、山都のメスが入り込んできて道訓は他の三都がニヤニヤ笑っていた理由を知る。

そして道訓はついに山都メスと交わってしまいメスは朝まで彼を離さず次の日からなにかと彼の面倒をみてくれるのであった。

 

そこから道訓はますます山都と暮らしを共にすることになる。

しかし彼らは人間を嫌っていた。

人間と違って暴力は振るわないが怪物に化けて人間を脅そうと考えたのだ。

山都たちは組んで大きな怪物となる。

道訓にも右足になれと言われて組むが他の山都たちが化けても道訓だけはそのままだった。

木こりの前に出て行くと一人だけ人間なのでばれてしまう。

 

山都たちは「今度は組まずに一人ずつ化けよう」と言い出し呑口という妖怪となった。

道訓はやむなく葉っぱなどを身に着けてそれ風にごまかした。

山に来ている猟師たちの前に現れて脅かす。

猟師たちは驚き慌てふためくが道訓は猟犬に噛まれ「おれは人間だよう」と叫んだ。

仲間の山都たちは「あいつ、人間だったのか」と逃げ出した。

 

こうして道訓はやっと人間の世界に戻れた。

その夜、麓の農家で土間を借りて寝ていると道訓の側になにかがどさりと置かれた。

それは道訓と山都メスの間に生まれた子どもだった。

 

道訓は自分の村にかえることができた。

山都との間にできた子は成長しても人間となんら変わらなかったという。

ただ木の実が好きでひとりで山奥へ行っても決して迷わなかったそうだ。

 

なんという幸福なお話なのか。

山都のメスとの間に生まれた子が気になる。

新たな悟空なのかな?