
ネタバレします。
《第130話◎一木支隊》
昭和17年(1942年)8月18日午後11時
ガダルカナル島に到着した一木支隊は米国に占領された飛行場の奪回へ向かう。
大本営は敵の数は二千人と見積もっていた。
これを知ったラバウル第17軍司令部、百武晴吉は「その見積もりは少なすぎる」と危ぶんだ。
その上参謀本部は「敵が手薄なうちに一木隊に早く行動を起こせ」と命じてきた。
「状況がはっきりしない今、ただちに攻撃しろとは命令できない」と百武は判断していた。
が、ガダルカナル島の一木支隊の無線はラバウルの司令部と通じることができずにいた。
その理由は無線の中継をするはずの海軍の潜水艦が敵の機動部隊を発見し陸軍との共同作戦を無視して「ミッドウェーの仇討」をしようと持ち場を離れてしまったからであった。
「今、一木支隊は孤立無援になっている」
一木支隊の隊長一木清直は「こんなところで立ち止まっているわけにはいかない」と考え飛行場奪回へと進んでいた。
が、一木支隊の行動はすべて米軍に読まれていた。
飛行場に着いた時、照明弾があたりを照らした。
「一木支隊第一梯団916名は全滅した」と天皇へ報告された。
《第131話◎餓島》
昭和17年12月旭川市に住む一木清直の妻・秀子は第17軍司令官・百武晴吉によって夫の戦死を報じられた。
米軍はミッドウェー敗北の挽回を図る日本軍を厳戒し一万一千人の兵力を送り込んでいた。
圧倒的な大軍で日本軍を待ち構えていたのだ。
(そこへ一木支隊900人が向かった、ということか。二千人と予測し900人を送り込むのも日本人らしいけち臭さだが、そこに一万一千の米兵がいた。
あまりの馬鹿さに泣くしかない)
日本軍はライフルの先に剣を装着「白兵突撃」を行うが、米軍の絶大な火力を前になすすべはなかった。
日本軍は総攻撃を仕掛けたが多くの犠牲がでるのみ。
日本の輸送船は米軍の空爆で次々と沈められてしまい補給はできなかった。
昭和17年12月
他に誰もいない庭園で裕仁は「ガダルカナル島での兵士」はどのようにしているのかと問うたのだ。
貫太郎は「もはや誰もガダルカナル島をその名前で呼ぶ者などいません。ガ島と・・・餓死のガ・・・と」
「餓島・・・か」
飢餓に苛まれ廃兵に近いくらいに衰弱し「日々百」の餓死者が出ているガ島・・・これがガダルカナル島の今現在の状況でございます。
《第132話◎戦勝祈願》
連合艦隊旗艦”大和”の山本五十六は天皇が予定ではない伊勢神宮での参拝を知る。
「ガダルカナル島を米国に奪られたら日本の命運は決する」
だからこそ陛下は伊勢神宮での戦勝祈願を行われたのだ、と山本は思った。
この報を皇太后節子も受ける。
司令官今村均は「何度兵棋演習を行っても、結果は、ガ島奪回は不可能」とした。
撤退はやむなし。だが今村は11月に宮城にて第8方面軍司令官の任命を受け天皇から「速やかにガダルカナルで苦戦中の軍を救援し戦勢を挽回せよ」と命じられ「必ずやガ島を奪回します」と誓って申し上げたのである。
ガ島へ向かった山本五十六は兵士たちに「ガ島戦を始めたのは海軍であるからには責任をもってガダルカナルに残る将兵を一人でも多く救出する」と発言した。
陸軍の今村中将は山本に対し「連合艦隊の主力を突入して砲撃してほしい」と頼む。
しかし山本は「燃料が足りない。もはや精神論ではどうにもならない。これからも日本は米国の物量の前に敗けていく」と答えた。
《第133話◎戦争って・・・》
昭和18年3月、陸軍中将予備役石原莞爾は東条英機に呼ばれ山形鶴岡から首相官邸に赴いた。
東條は石原に「この戦争、どうしたら勝てる?」と問う。
「勝てる?無理だ。もう負けは決まってる」と石原。
「何か良策はないのか」と訊く東條に石原は「まずはあんたが一刻も早く総理大臣を辞めることだ」と答えた。「油が欲しいからとて戦争を始めるバカがいるか。だからあんたは一刻も早く総理を辞めろ。それが今の日本のためだ。オレの答えは以上だよ」
自らが作戦の立案、陣頭指揮を執るために。
その作戦の名は「”い”号作戦」
南東方面艦隊司令長官草鹿任一に出迎えられその作戦の真意を伝える。
ここ、ラバウル飛行場から航空攻撃を加え身をひるがえしてサイパン・グアムの線まで飛び下る。そして時間を稼ぎその間に力を貯め搭乗員の質と量を高め一挙に反撃に転じる。
今、ソロモン諸島に展開している第一戦の搭乗員は捨て石だ。見殺しにせざるを得ない。時間稼ぎのため彼らに死に物狂いで奮闘してもらわねばならない。
戦争は人間を狂わす。
「草鹿・・・戦争って嫌だなあ・・・」
石原莞爾は再び機関車に乗っていた。
その人混みが本土空襲はもう時間の問題だと語っていた。国民は疎開し始めていた。