
ほんとうは2015年版原田眞人監督作品から観ようと思ったのですが冒頭で気持ちがそがれ結局1967年版岡本喜八監督作品を観ることに。
どちらにしても比較のため鑑賞はするつもりですが。
ネタバレします。
何度か鑑賞した本作。
何度観ても凄まじい狂気を感じさせる。
岡本喜八監督の特色ではあるのだろうがこの狂気は戦争を体感した人だけが描けるのではないだろうか。
岡本喜八監督は1924年生まれで戦争時期をほぼ成人した時に経験し、原田監督は1949年生まれで戦後4年経って誕生している。
それ以降の日本のクリエイターにはもう戦争の狂気を創造するのは無理だろう。
しかしそれは幸福なことなのだ。
戦争の狂気を感じたいのなら岡本喜八監督映画を観て「ああ、戦争というのはこういう世界なのだ」と震え上がるだけでいい。
とはいえ今回は『日本のいちばん長い日』という物語の映画を観ようとしている。
戦争を終わらせるほど難しいことはないのだろう。なにしろ戦争と言う狂気を四年間も続け人々はその狂気の中で支配され中でも軍人はその狂気によって動いていた。
その活動源を止めてしまうと判断されたら軍人はもう生きていけないのだ。いや、そうした軍人たちもいた、と言い換えよう。
その一点でどうしても1967年版でしか描けないものがある。
本作に引きずり込まれてしまう原因は陸軍若手将校らの「なんとしてでも戦争をやめさせるわけにはいかない」という狂気の情熱である。
特に黒沢年男演じる畑中少佐が駆けずり回る姿は悪鬼の如きおぞましさで観る者を取り込んでしまう。
いったいこれはなんなのだろうか。
それだけではない。
海軍中将大西瀧治郎の「二千万の特攻を出せば日本は必ず勝てます」の歯をむき出しにした形相などに岡本喜八監督の戦争への怒りと嫌悪を感じる。
「なぜ日本はもっと早く戦争を終わらせなかったのか」と原爆の苦しみや悲壮な生活を思い語られるがこの映画を観れば戦争を終わらせることができない理由が感じられる。
自分たち自身でどうしてもやめることができないのだ。
まるで戦争と言う麻薬を断ち切ることができないかのようだ。
今でも「悪いこととわかっているのに”ここまでやったのに”という理由」でやめることができないのが日本人だと見せつけられることが多い。
畑中少佐のような「やめたら終わりだ」(当たり前だが)という焦燥感、「あと二千万特攻すれば」というイミフな感情はいまも我々の心の中にあるのかもしれない。
ということで岡本喜八版『日本のいちばん長い日』の感想を少しだけ書いたが今度は原田版も観なおして書いてみたい。