ガエル記

散策

『蟲師』漆原友紀 その3

アニメタイムズでアニメもいっしょに追うことにしました。

なのでアニメについても言及することもあると思います。

 

ネタバレします。

 

「瞼の光」

あまり多くが説明されない奇妙な話でもある。

 

大きな蔵もある屋敷に母と息子ビキのふたりだけで住んでいる。

そこへ連れてこられる少女スイは本家の末娘。半年ほど前から光が当たると目が痛むという病になり丈夫な蔵があるその家に預けられたのだった。

 

なぜかスイの世話をするのはビキなのだ。

真っ暗な蔵の中でふたりきりで遊ぶ少年と少女。

それを許しているビキの母親。

スイは本家の末娘でやっかいとはいえその世話をするということでなにがしかの生活費は払われているのでは、とは思う。

 

とはいえ、この時代に生活していくのに息子の手助けもなく下男下女もないのはやや不自然にも感じるがあえて描写を省略しているのだろうか。

 

ということは置いとくとして。

 

やはりこの病、マンガ家、というか絵描きというか、物語を考えていく人の病のように思えてならない。

スイは考えすぎて闇に食われてしまった。

ビキはもう少しでそうなろうとした。

ギンコはとっくにそうなっていた。

 

ふたつめの瞼を閉じてごらん。

それはもう一つの世界を開くことになる。

 

スイは闇の蔵から出てきてきれいな服を着て木々や花や光を見ることになった。

もう、暗闇であの不思議な光に魅せられることもない。

ビキもまた。

だがギンコはすでに闇の世界に入った者なのだ。

たぶん作者氏もまた。

 

アニメも観た。

原作が素晴らしいのは基本として本作はアニメもとても良い。

特にギンコのキャラデザが原作より若干年がいってて間延びしているのが良い。

 

「旅をする沼」

人身御供。物語でもよく扱われる題材だが、その生贄が投げ込まれたにもかかわらず生き延びていた。

が、それは半分死んでいるような状態だったのをギンコがほんとうに生き返らせるという話だ。

 

しつこいがやはりここまで読んで『蟲師』の蟲とは異世界に住む人間たち、つまりマンガ家や小説家などのクリエイターを意味しているのだと確認する。

さてクリエイターとして異形の世界に住むこととまともな人間世界にいることのどちらが幸福なことなのか。

いや異形の世界に住むことを多くの者が夢見憧れ努力してもそこに住むことができないのではあるのだが。

 

さてここで化野という男が登場する。

異世界に住む者、というよりいわば「編集者」的な存在といえようか。

 

そして人身御供にされ沼の一部となろうとしていた少女はあわやというところでギンコの「救いたい」という気持ちで人間に戻る。

沼になりかけ緑の髪に変化していた少女は黒髪になり健康な人間として生きることを受け入れた。

 

それでも沼はまた生まれ自らの足を持ち動き始める。

 

しかし「沼」というのはオタク的に象徴的すぎるw

(当時はそこまで言われていなかったのか)