ガエル記

散策

『蟲師』漆原友紀 その13

ネタバレします。

 

 

「残り紅」

日本のマンガにはめずらしい老夫婦を題材にした作品。

多くの(日本制作)マンガはほぼ十代次に二十代か一桁世代を主人公にしているのでこうした長いスパンの物語はなかなかできない。

漆原氏にしても十代二十代一けた代が多いとはいえしっかり描けてしまうのがすごいところ。

 

夕暮れ時、大禍時に”のまれた者”は本体のない影のみの姿で現れてその影に踏まれたり踏んだりすると影の本隊と入れ替わりに大禍時にのまれてしまう、という。

 

老人がまだ子どもの頃、妹がそんな目に会って入れ替わりに現れた少女と共に育ち夫婦となった。

幸福な人生を歩んだふたりの前にギンコが現れ老人は妻が突然現れた謎を知った。

やがて老妻が死んだ時、かつていなくなった妹の影を老人は見る。

「あの子は優しい子だった。誰の影も踏めずにいたのだ」と老人は妹の影を踏む。

 

老人がいなくなりそこに現れたのは幼いままの妹の姿だったのだ。

 

 

「風巻立つ」

船に乗り風を操れる力を持った少年の話。

その力はギンコも一目置くほどのものだったがまだ経験値の少ない少年はつい誤ってその力を使ってしまう。

 

その後、少年は思い通りにならない親子関係に苛立ち父と義母が苦しむ蟲を呼んでしまった。

ギンコの忠告で思い直した彼は家族を救った後姿を消す。

 

その後、少年はその力を使いこなし風の無い日にも帆船を走らせて行くのだった。

 

家族とうまくやれない者の理想的な形。

 

 

「壺天の星」

いなくなってしまった妹イズミを探す話、なのだがシンプルなストーリーを演出で面白く見せてしまう手腕よ。

 

芸術的実写映画として脳内再生された。

 

広い日本家屋の暗く長細い廊下。畳の感触、次々と現れる襖の開け閉め。

突如現れるギンコはやがて消えていく。

 

井戸はあちらとこちらを繋ぐ穴である。

家族の呼び声がイズミを取り戻した。

 

 

「水碧む」

死んでいたはずの子が数年の間生きていてくれたという話。

漆原作品には「過剰に水を欲しがる」話がある。

 

それにしても子供を作り育て上げるのは大変なことだ。

それはとても難しい。

 

 

「草の茵」

数少ないギンコの幼少期を描いたもの。

取り返せない後悔がギンコの過去にあった。

 

生来蟲を引き寄せる力を持っていたギンコはその幼少期、蟲を寄せては蟲師がその蟲を退治する、というマッチポンプで生計を立てていたらしい。

だがそれがうまくいかないと捨てられてしまう。

そんな時に彼を拾った蟲師スグロはギンコに蟲師としての初歩を教えてくれたようだ。

 

だがそんな時、とある山のヌシが死んでしまう。

ギンコはひとりヌシが残していった卵を見つけ「・・・今ならその力を自分のものにできるのではないか」という禍々しいことを考えてしまう。

慌ててその思いを否定したもののギンコはその手から卵を落として割ってしまった。

砕けた卵を双方の掌ですくい上げヌシに「もとに戻るなら俺はどうなったっていいから」と呼ぶ。

闇の中から双の手が現れギンコの手から卵を受け取った。

それは”戻れ”と言ったように思えた。

 

スグロは「おまえを許すわけにはいかない。もう二度とおまえには会わん」と言い放った。

「だが忘れるな。この世に居てはならない場所などどこにもない。おまえもだ。戻ることを許されたのだ。この世のすべてがおまえの居るべき場所なのだ」

 

ギンコはその言葉を草の茵で思い出す。

 

大切な言葉だと思う。