
ネタバレします。
第6羽「鳥を見た」~「モーニング」2002年29号
諸星大二郎氏はどうしてこうも子供の話を描くのだろう。
主人公の男の子は大抵いつも真面目そうな愛らしい容姿である。たぶん自身のイメージなのだろうと思えてしまう。
主人公のタカは無人の廃ビルの屋上に「大きな鳥がいた」と友人たちに言うが信じてもらえない。
だが親友のコウイチだけが「自分も見た」と賛同してくれた。
ふたりはその廃ビルの裏手にある病院の非常階段から三階屋上へ上がりその場を確かめることにする。
廃ビル屋上にはぼろぼろの給水塔がありそこにその鳥はいたのだった。
しかし今は何も見えない。
ふたりはその鳥について「恐竜かもしれない」というようなおしゃべりをして楽しむ。
ふとタカが「あのビルの屋上って登っていけるかな」と言った時「そこへ行っちゃだめだよ」という声がした。
病院の屋内からだった。
「ちょっと待ってて」といって現れたのは同じ年位の男の子だった。
「なんであそこに行っちゃいけないの?」というタカの質問に男の子は「あそこには怖いものがいるんだ」と答える。
「怖いもの?」「それはもしかして鳥?」
男の子はためらいがちに「う・・・うん」と答えた。
私はここを見逃すべきではなかったが初読みの時は何も考えずさらりと読み飛ばしていた。
男の子の名はノガミシンジ。長く入院していて学校には行っていないという。
タカとコウイチは鳥を見たという三人目の証言者に興奮するがシンジは「人に話してはだめだ」という。
「もし誰か行って死んだりしたら・・・」
ふたりもそれに賛成して三人だけの秘密にすることにした。
それからタカとコウイチはたびたびその病院の屋上へ行ってはシンジと鳥についての考察をした。
といってもそれぞれの都合があり三人が集まれる日は限られていた。
シンジは土・日は父親が面会に来るから無理だという。母親はもうずっと来ないらしくふたりは口をつぐんだ。
シンジは先天性の治らない病気であった。
すぐ疲れてしまうのだという。
三人は集まると鳥を探し、それに飽きるとゲームをしたり本を見せあったりして楽しんだ。
けれどいつまでも鳥の影が見えないのでコウイチが愚痴を言い出す。
「あそこへ行って確かめてみるしかないんじゃないか」
するうとシンジが叫ぶように答える。「ダメだよ!あそこにいるのは化け物鳥なんだ」
帰り道でコウイチはタカに「ノガミのやつ、おれたちをあそこに行かせたくないみたいだ」とこぼした。
ふたりはこっそり廃ビルへ行ってみた。
扉の一つが開いており二人は中に入る。
狭い階段を上ると途中の壁に女の顔をした化け物鳥の絵がありその上に「死」と書かれていた。
と、鳥の羽ばたきが聞こえふたりは驚いて階段を駆け下りた。
家に帰ったタカは本で化け物鳥を見つけた「ハルピュイア」というギリシア神話の怪鳥・女の顔を持つハゲタカだった。
そしてタカはその夜、ハルピュイアに襲われる夢を見た。
ここで怖い記憶がよみがえる。
自分が高校生の時(ある意味高校生にもなって、という話だが)早朝まだ薄暗い時間に登校しなければならなかった。
誰もいない道デバサバサという音がして「ハルピュイアがいる?」と恐ろしくて震えたのであった。
なぜ日本の田舎にギリシアの怪鳥があらわれなきゃいけないのか。今となってはおかしいがその時はマジで怖かった。
しかしそのせいか、ハルピュイアだけは今でも怖い。
次に集まった日、ふたりは病院の前でノガミシンジの父親らしき人物を見かける。
その日のシンジはいつも違った様子だった。
タカはあの日見つけたハルピュイアの載った本を彼に見せる。
ノガミはその絵を見て青ざめた。
「こんなのがほんとにいるわけないじゃないか」
大声にふたりが驚くとシンジは謝り「ぼく、転院するかもしれない」と言い出す。
そして「今日は鳥のことは忘れて他の遊びをしたい」というのだった。
タカは鳥を撮るためにもってきたデジカメでみんなを写し始めた。
三人ははしゃいで写真を撮りまくり、タイマーで三人一緒も写したが頭が切れてしまった。
と、シンジがうずくまり「だいじょぶ、でももう病室にもどらないと」といい「また来てね」と言いながら部屋の中に入ってしまう。
だがその次の時、シンジは屋上に出てこなかった。
その次の金曜日も。
ふたりだけでは鳥探しに熱中できずさめていった。
ある日、タカの父がデジカメの写真をプリントしてくれた。
廃ビルを背に撮った写真の一枚、給水塔の下に女性の顔みたいなものが写っていたのだ。
たかはどうしても気になり夕暮れ時にもかかわらずひとり病院の屋上へと向かった。
黄昏時に見る廃ビルの給水塔はやけに不気味だった。
「なにか見える?」と話しかけてきたのはノガミシンジだった。
側に座り込んでいたのだ。
驚くタカにシンジは「ここにきていることが婦長さんにばれて怒られたんだ」と言い、さらに「いつだったかタンクの横に女の人の顔が見えたんだ。それが怖いんだ」と続けた。
タカはあの写真を持ってきていたが「そんなの気のせいだよ」と答える。
その時廃ビルの給水塔のわきで「バサッ」と音がし翼が広がったように思えた。
シンジは「ぼくはもう行くよ。もしまた来れたらその時はふたりで」と言って去って行った。
タカはコウイチにシンジのことを話しそして廃ビルに確かめに行くことにした。
階段にはやはり女の顔をした鳥の絵が描かれていた。
だがタカにはビルの屋上の鳥のことはどうでもよくなっていた。
ただ確かめたかったのだ。ノガミシンジが何に怯えていたのか。
ふたりはそのまま階段で屋上まで上がり扉を開けた。
バサッと音がしてふたりは驚いたがそれは翼ではなく女ものの古いコートが風ではためいていただけだった。
さらにタカは給水タンクに続く梯子を上りだす。
そしてタンクの蓋にまであがりあとに続いてきたコウイチと力を合わせてそれを持ち上げた。
その中には女の水死体があったのだ。
そこから病院を見ると窓からノガミシンジがこちらを見ているのがわかった。
さてここから物語は収束していく。
その女性はノガミシンジの母親で殺したのは父親だった。
ふたりが最後に病院の屋上に行くとそこには彼に貸していたタカの恐竜の本が置いてあり手紙が挟まれていた。
そこには嘘をついた謝罪が書かれていた。
「ノガミはほんとはお母さんを見つけてほしかったんじゃないかな」「うん」
直後ふたりは廃ビルの給水塔から再び大きな黒い翼をもつ鳥が羽ばたくのを見た。
それはどこかへと飛んで行ってしまったのだ。
少年期のノスタルジー。
年取ってからあれはほんとうにあったのだろうか、と思わせる。
入ってはいけない場所、突然出会い突然別れなければならなくなった友人。
不思議な出来事、恐怖、誰にも話してはいけないということ。
そんな思い出は誰にでもあるのではないだろうか。
実際は本作のような恐ろしいことではないにしても。
諸星氏はいつまでもそんな記憶を呼び覚ませる人なんだろう。