
ネタバレします。
4章 創り出されるルーツ
1 ルーツの断絶したシャーマンたち
まず紹介されるのはツェレン・ザイランと呼ばれる最高位のシャーマンである。
1999年夏、モンゴル国ドルイド県で筆者はザイランに会った。
彼は社会主義時代に秘密裏にシャーマンとしての活動を行っていた稀有な人物だという。社会主義崩壊後は数多くの弟子を育てたモンゴルブリヤートにおいて最も有名なシャーマンである。
1990年の社会主義終焉時点で宗教弾圧を超えて生き残っていたアガ・ブリヤートのシャーマンは4人のみでそのひとりである。いずれも黒いシャーマンであった。
彼を初期細胞としてバヤンオール郡とその南のツァガーンボー郡でシャーマンの増殖は始まった。
本書にその姿の写真もあるが坊主頭に鋭い眼光、大柄で筋肉質な体躯とその肉体を包む臙脂色のデール、出会ったシャーマンの中でも最も威圧感のある男だったという。写真もその通りの雰囲気を持つ。
が、驚いたのはその彼がアガ・ブリヤートの間では「ツェレン・ザイランのところに行く地元の人間はいないよ」「彼は外国では有名だがここではね」とささやかれているのだ。その理由は「彼はブリヤート人ではない。ハルハ人だから」なのだ。
その彼は自分では「四代続いたラマの家系に生まれた」といい後に「実は私はブリヤート人ではないのだ。バルガ人なのだ」と打ち明けたと書かれている。
ハルハ人ではなくバルガ人?
バルガ人がわからないので検索すると「ブリヤート人を構成する部族の一つ」と書かれている。ではブリヤートではないのか。微妙な差異があるのか。
どちらにしても他のアガ・ブリヤート人たちからは「異出自」だと言われているということなのだ。
島村氏はツェレン・ザイランをはじめとして名前が確認できたシャーマン103名の中から25名の本人か近親者に直接会って聞き取り調査をする。
この25名は恣意的に選んだわけではない、と断ってその実態が表にされているのだがシャーマン全員が「系譜的連続性の断絶」が見られるのである。
あるオトガンが告白する。「わたしたちボーは、オグを知らなかったくせにボーになったんだよ」
しかし逆説的ではあるがアガ・ブリヤートにおいて「オグを知らないこと」つまりルーツの断絶こそがシャーマンになる最大の要件なのではなかろうか。
系譜的連続性の断絶の要件とは
「異出自」「養子」「父系系譜上に特命の人物が混入」「父系系譜を知らない」「霊的ルーツを知らない」などがある。
2 シャーマンたちのルーツ創出の語りから
父系系譜に瑕疵のあるシャーマンたちは「オグを捕まえる」すなわち新たな霊的ルーツを「発見」することでその瑕疵をプラスの価値に転じさせる。
ここでいう霊的ルーツとはシャーマンたちが先祖シャーマン霊という意味で使う「オグ」のことである。
霊的ルーツの創出は第一に異出自の霊的ルーツ化、第二に特命の霊的ルーツの創出、第三に粛清の被害者の霊的ルーツ珂、第四に父系系譜の創造、第五に霊的ルーツのみの創出、といった態様となっている。
3 シャーマンたちの帰属意識の再構築
ポスト社会主義におけるエスニックな「純血主義」がモンゴル全土を覆う中、父系系譜に瑕疵のある者たちは「オグのない人」「混ぜもの」「混血」と呼ばれ学校や職場で排除の対称となった。
その結果、彼らは「ハルハ」「ロシア」「ブリヤート」「ハムニガン」といった社会主義時代に制度化されたエスニックカテゴリー委は分類されない境界線上の異物とされたのである。
こうした背景のもと、彼らJは霊的なルーツやときには父系系譜そのものを創出しシャーマンとなっていった。
こうして新たに創出されたルーツは彼らのアイデンティティの核となっている。