ガエル記

散策

『壁男』諸星大二郎 その4

ネタバレします。

 

〔第三信〕「ナルム山紀行」

『COMICアレ!』1994年12月号(マガジンハウス社)

もういったいどうしてここまで嘘つくのやめてもらっていいですか。

 

ほんとうにどうしてこんな大虚言が思いつくのかわからない。

 

オゴリはナルムを妻とし、ナルムはクム・ロム・ルコルの三人の息子と娘のキサムを生んだ。ナルムは自分の体から食べ物を出して四人を育てた。

やがて息子たちは独立する時が来たが三人は働くのを嫌がって父オゴリがいない間に母ナムルを殺しその身体を分けた。

オゴリは息子を捨てて荒野に去りキサムは後を追った。

三人の息子はいがみ合い争いが続いた。

母ナムルの体は山となり息子たちはそこに住み今も仲が悪い。

 

そんな昔話を私は聞いた。

私は馬を買って旅を続けようとしたがナムル馬は山道にかかてすぐ足を折ってしまった。

通りかかった男が「登りならその馬じゃいけない。それは降りようだ。登りの馬は前足が後ろ足より短いもんさ」と忠告してくれた。

私はその男と共に旅することにした。

 

このヘンテコな理屈に戸惑う。そんなことが?と思わず信じてしまいそうだ。

さらに山腹の右回り用と左回り用もあるらしい。

しかしうっかりして私は荷物を奪われてしまう。

左回りの馬に乗って右回りの馬を追いかけるのは無理な話なのだ。

(助けてくれ)

 

クムダの洞窟ではクム人の女と子供ばかりの姿を見る。

だがそこはクムダの洞窟ではないらしい。(どういうこと?)

とにかく彼女たちはルコル人の襲撃を怖れて洞窟に隠れているのだという。

女たちが持っている杖を岩に当てて打ち鳴らし始めた。

私たちは逃げた。

 

ナルム山の南側はうって変わって乾燥した平坦な斜面だった。

ロム人の家は尾根に近いほど粗末で住人は若く下っていくほど家が立派になり住人は年を取っていく。

若い夫婦が尾根に作った家が次第に滑り落ちていくためなのだ。その間に夫婦は豊かになり家は増築されやがて崖から落ちてしまう運命なのである。

 

私が旅をともにしている男は「自分」を捜しているという。

だがどこにも自分はいないらしい。

ロム人はルコル人はもういないのだという。ある者は死んだと言い、ある者はどこかの洞窟に隠れ棲んでいるという。

 

しばらく行くといなくなったはずのルコル人がクム人の村を襲うのが見えた。

しかしそれはクム人がルコル人に扮しているだけだったのだ。

その間だけ彼らはルコル人になり切り略奪の後は忘れてしまうのである。そしてルコル人はどこかの洞窟に隠れていると信じているのだ。

 

連れの男は言う。

「親父はいつかナムル山に帰りたいと言っていた。ナムル山のどこかにわしがいるのだろうと思っていたからだ。しかしどこにもわしはいなかった。キサムは砂漠の中に消えた。二度と戻ってこない」

すると砂漠の中に人々が見えた。キサムの一族だろうか。

 

連れの男はそちらへと歩き出した。

「わしはきっとあそこにいる」

 

〔第四信〕「荒れ地にて」

『COMIC P!』POPEYE 1998年5月阿5日臨時増刊号(マガジンハウス社) 

荒れ地の真ん中で乗合自動車が完全に止まってしまい、私は運転手や他の乗客たちと荒れ地を歩かねばならなくなった。

 

ここからも奇妙で不可思議な出来事に次々と出会うのだが一番の驚きはあの「モボク」に出会ったことだ。

私はモボクを知らないが私はモボクを知っている。

モボクの樹液を食べるためには毒抜きをしなければならないことも知っている。

だが私の方は初めてなのでその不合理に呆れてしまった。

 

私はマークマークに行きたいのだが本当にたどりつけるのだろうか。

驚いたことに砂漠の中でもあちこちに人が住んでいることだ。

大きな植物に寄生して養分をもらう人間もいた。

動く植物を捕まえて食べる者もいた。

じっとして動かない者、草の根を掘っている者。

しかし果たしてマークマークにはたどり着けるのだろうか。

何を聞いてもわからず諦めるしかなかった。

 

 

しかしついに運転手が砂の上に座り込み同じようになる者が多く出た。

トゥルブにつかまったのだという。みなは大きなすり鉢状の中に座り込みうつらうつら眠りだした。

底にたどり着くには5年から10年かかるらしい。

もっと大きなトゥルブだと百年かかる場合もあるという。

 

一行の数は少なくなった。

再び大きなモボクと出会い私はツーライ人の話を聞く。

話をしてくれた男もツーライ人の末裔らしい。

やがて一行の者たちは座り込んで眠るようになる。みな夢を見ているのだ。

 

一行はついに四人となり歩き続けると巨大なモボクが見え周囲には大勢の人が眠り込んでいた。

「私たちは・・・皆夢を見に来たのです・・・」

 

私もまたうつらうつらとしたが彼らと同じ夢を見ることはできなかった。

私はその巨大な植物からこの世界の夢をみることを拒否されたのだ。

私は結局のところ異邦人なのであり自分の世界の夢をみることしか許されないのであった。

 

いやもう、特に分析する必要などないのではないか。

モボクを捨てて世界を探したが結局モボクに戻ることを願った人々。

そしてその夢を見ることはできない私。

これを大長編にするのだ。