ガエル記

散策

『関東平野 わが青春漂流記』1 上村一夫 その2

ネタバレします。

 

vol.5 ドブロクの唄

この表紙画、何をしているのかと思いきや、屋根に塗っていた迷彩模様塗料を洗い落としているらしい。

戦争が終わり必要がなくなったからだ。

こんな工夫(?)があったとは知らなかった。

 

その家の主、大平福太郎は機嫌が良い。

頼ってきた母娘の母が死んで娘は孤児院へ行くことになり食い扶持が減ったからなのだ。

ところがその娘(実は男)銀子はそんなことであきらめるタマではなかった。

バス停にまでは行ったものの大平の息子たちから嘲りを受けた後、漬物小屋へ戻ってきて福太郎を待ち受け母の遺体の側に落ちていた鞭を見せつけた。

「女って何かに頼らないと生きていけないものなのよ。だからあたしも一人で孤児院へ入るのはいや!」

福太郎は「うん・・・」と答えるしかなかった。

 

こうして銀子は再び大平福太郎家に住むことになった。

しかも今度は実の息子よりもいい待遇で一生面倒をみる約束をさせたのだ。

 

銀子はドブロクと煮物の鍋を持って金太宅を訪れる。

金太の祖父はドイツ製のレコードを出して聞かせているところだった。

娘の頃の金太の母からせがまれ買い与えたのだ。

踊りの稽古のためなのでレコードは「踊り」のものばかりだった。

 

銀子は祖父を「先生」と呼んで酌をした。そしてレコードの中に「藤娘」があるのを見つけ「踊ってみせましょうか」と言い出した。「母が名取りだったものですから」

 

夜更け、小さな銀子は即席の飾りを持って「藤娘」を舞うのであった。

 

上村一夫の描く女性が強いのは以前読んだ『昭和一代女』『修羅雪姫』で知ってはいたが銀子ちゃんも負けじと強い(男だけど心は女だから)かっこよさに痺れる。

 

 

 

vol.6 花ざかりの森

「大平の伯父さんがお母さんの葬式を出してくれることに決まったの」

もちろん脅したのだろうが。

銀子は森の中に金太を呼び出し新調してもらった喪服を見せた。

しかし金太は伯父を騙している銀子に妙な反感を持って口にした。

「金太よォ」

銀子はひとり身になった辛さを訴えた。金太は「俺も同じだ」と言い返す。

もめているとそこへ下駄屋のおかみと若い男が逢引をしようと来たのである。

浮気現場を眺めた金太と銀子は森を抜け出した。

金太は機嫌が悪い。

銀子は「みんなひとりぼっちなのよ」という。

そして金太に「お祖父ちゃんが死んで一人ぼっちになった時のことを考えておくべきよ」と話した。

「俺・・・もうお前とは付き合わないッ!」

 

 

東京から編集者の吉原さんが原稿を取りに来た。また色鉛筆がふえた。これで二本目だ。

吉原さんは16歳の三島由紀夫が書いた『花ざかりの森』の感想を聞きたがったが祖父は「それよりこっちの方が身近に感じる」と言って東条英機の写真を指差した。

「急に老けてしまったねえ。よほど悩みぬいたのだろうねえ。ほら、ここにもシミが浮いている。いやだねえ。ぼくも最近増えてきたけれど。内臓の腐った匂いが紙魚から放出されるようでさ」

その言葉に金太は祖父の頬にあるシミに目をやった。

 

吉原さんはその夜泊まった。

金太は風呂の用意をして薪をくべた。

祖父は金太に年齢を問うた。

「7才だよ」

祖父は「あと十年か」と答える。

そして金太は祖父に乞われ背中をこすった。

その背中にシミが現れシミだらけになるように思われた。

やはり銀子とは仲直りしよう。

明日鉛筆を持っていこう。

 

編集の吉原君は地平線から登る月の美しさに見惚れていた。

 

 

 

vol.7 帰郷

「昇り龍の健」が千葉へ帰ってきた。

兵隊に行き野ネズミを食って生き延び五体満足で帰ってきた。

千葉を馬鹿にするやつはただじゃおかない。

昇り龍は金太と坊っちゃんに「また戦争が始まっても絶対に兵隊に行っちゃなんねえ。軍隊にゃ仁義は無い。男になろうと思ったらヤクザになれ」と説く。銀子には「いい女壺振り師になれる」と告げた。

彼はすっかり年を取ってしまった親分にかわり「今年の夏はこんな世の中を吹き飛ばしてしまうような夏祭りをやってやる」と豪語した。

「おじさんならできる」

金太の昭和21年の元旦だった。

 

 

vol.8 人殺し

「昇り龍の健」さんは約束通り街に活気を溢れさせてくれた。

駅前の原っぱにマーケットを建て始めたのだ。

マーケットとはいろんなお店が並ぶというアメリカ語だそうだ。

つまり毎日お祭りの縁日が張られるということだ。

やっぱり健さんは男の中の男だ。

 

健さんは米軍の黒人兵とも親しくなり駐屯地からいろんな物資を運んできた。

そしてその黒人兵ジョニーは健さんの奥さんに赤いエナメル靴を贈りジープでドライブしたいと言い出す。

健さんは喜んで送りだした。

 

健さんは東京でそして戦地で幼い子供たちの悲惨な生活を見てきた。

だから決して金太たちを飢えさせたりしないと泣いた。

 

その夜、健さんは金太の家に来て米兵と取り交わした契約書を金太の祖父に確認してもらった。

そのお礼に金太たちを映画に連れて行くというのだ。

その間に健さんの奥さんはジョニーと共に帰宅して風呂の用意をするという。

しかしその映画は度々途切れる酷い代物だった。

痺れを切らした健さんは金太たちを残して先に帰宅した。

 

が、それがすべての終りだった。

早く帰宅した健さんは奥さんとジョニーの浮気現場を見てふたりを刺し殺したのだ。

金太たちの幸せは終わった。

 

 

 

vol.9 あかぎれ

 

MPが押しかけ山狩りが始まる。

健が山へ逃げたのだ。

平福太郎は金太の祖父に通訳を頼もうとしたが祖父は仕事で東京へ行かねばならず、それを聞いた銀子は金太宅に泊まると言い出す。

 

金太は健がいきなりジョニーを殺した理由がわからない。

銀子はそのことをからかった。

しかし金太はそれよりも自作の船を沼に浮かべにいきたがった。

銀子もついていく。

 

金太の船はみごとに浮かび走った。

銀子は感心して金太の器用さを褒め指がきれいだとほめた。

しかしその手は酷いあかぎれだった。

金太は山を眺め逃げて行った健さんを心配した。

 

その時白蛇が現れ金太の船を沈没させた。

ふたりは帰り道、健の足跡が見つかったと騒ぐ大人たちを見た。

 

夜、こたつに炭を入れ金太はあかぎれを治すために手を湯につけた。

その時外で騒ぐ声がした。

「健のやろう、娘っ子を犯して殺したんだと。しかしもうMPたちに追い詰められたらしい」

しばらくしてその健が捕まったと聞こえた。

だがその時はもう健は腹をかっさばいて死んでいたらしい。

MPたちは「なんと野蛮な民族だろう」と言ったという。

 

金太と銀子はこたつにねそべり互いのオチンチンをさわりあった。

両方とも立っていたのである。

その夜、知ったのは「切なさ」と「オチンチン」はどこかで奇妙につながっているということだった。

 

 

vol.10 怪人黒マント

金太の祖父は東京からヘンなおじさんを連れてきた。

有名な挿絵画家らしいその男は朝早く金太を起こしては道を訊くのだった。

おかげで金太は寝不足なのだ。金太は彼に「怪人黒マント」というあだ名をつける。

しかし銀子とアメリカザリガニ釣りをしている金太に黒マントは話しかけ銀子の愛らしさをほめた。

銀子はすっかり有頂天になる。

そして黒マントは金太の落書きを見て絵の才能があると告げる。

だが金太の夢はコックだった。

怪人黒マントは「では今夜のザリガニ料理を楽しみに待つか」という。渋い顔になる金太に黒マントは「ではサーカスに連れて行ってあげよう」と言い出した。

 

祖父は「さらわれるから見に行ってはいけない」と言ったのだが金太は「こんな楽しいところならさらわれたい」と願った。

金太と銀子はトイレへと立つ。

個室からあえぎ声が聞こえる。

それは米兵とサーカスのブランコ乗りの少年だった。

そして黒マントはブランコ乗りの少年の悲しみを理解していた。

 

黒マントはその夜、祖父に「本腰を入れて緊縛画を描いていこうと思う」と話し込んでいた。

金太は床につきながら黒マントのおじさんがもっと泊まっていくのを願っていた。

 

vol.11 椿村から——

翌朝、金太は自分から黒マントのおじさんを散歩に誘い椿村へと連れて行った。

黒マントは椿を写生した。

が、その村には「石松」という村一番の乱暴者がいていしつぶてを投げてくるのだ。

そいつは黒マントにも石をぶつけてきたが黒マントは追いかけたついでにマントに飛び込んできたというシャモを抱えて戻ってきた。

 

石松は父親と共にシャモを取り戻しにきたが一番のお気に入りのシャモの太郎はすでに羽をむしられていて黒マントは「これは次郎だ」と言った。

怒ったシャモの飼い主だったが黒マントが画家柳川大雲だと知ってへなへなと崩れ落ちた。

 

シャモの男はドブロクを持ってきて謝りついでに大雲が描いた椿の花の絵を頂きたいと言い出す。

ところが男の「戦前のみじめな小作人とは違いこれからは百姓の時代だ」という言葉に大雲は「食い物でのしあがろうとしている奴には絵はやれない」と言い出し大喧嘩になる。

金太と石松も喧嘩をはじめる。

 

男同士のふたつの喧嘩がはじまった。